学校社会から役職定年を外す動きが出ている。
その年になっても同じ地位に置く措置だ。
いつまでもしがみつかせるなという人もいるが、
どっこい、それがみんなの幸せかもしれない、
――という話。
(写真:フォトAC)
【ちょっと理解されていない】
一昨日(2025.11.13)付けの東奥日報に『定年延長後も「校長」任用 青森県内の小中学校、2026年度から 大量退職で管理職不足』という記事が載っていて、あれこれ考えていたら意外と奥深い問題でしたので、ここでも取り上げてみたいと思います。
この東奥日報の記事を転載したYahooニュースのコメント欄には、「ほら見ろ、人材を取れるときに計画的に採用しないからこういうことになるのだ」とか「校長がいつまでも校長でいて後進に道を譲らなければ、若い教師の意欲に関わる」とか、逆に「給与3割カットで大変な管理職を続けるひともいないだろう」とか、いやいやそうでもない、「平教員に戻ると、学級担任、教科担任、生活指導・生徒指導と負担が半端ない。それよりも3割カットで管理職を続けた方が楽だから、やるに違いない」とか、賛否両論、様々な意見が書かれています。しかしいずれも正しいような正しくないような、微妙な話だと思ったのです。
【教員は計画的採用のできない珍しい仕事】
まず年齢構成の話ですが、“将来を見越して計画的な採用を”という話は普通の企業にとっては当たり前のことですし、公務員の場合は、イギリスの歴史学者で政治学者であるシリル・パーキンソンに言わせると「仕事があってもなくても、はたまたまったくなくなっても、公務員は増え続ける」(パーキンソンの法則)のだそうですから、特に計画的な採用ができそうな気がします。しかし教員に限っては、そうはならないのです。
パーキンソンに倣って言えば、
「日本の教員は、仕事が増えても問題が増えても、はたまた平均の時間外労働80時間を越えても、絶対に、増えない」
のです。
なぜかというと、教員の数は児童生徒数(正確にはその子たちを受け入れる学級数)によって定数法という法律で決まるのであって、仕事の量とは無関係だからです。
例えば、現在定年退職に向かっている51歳~61歳の教員は1986年~1996年に採用された人たちですが、1986年は狭義の第二次ベビーブーマー(1971年生~1974年生)が中学校に入学し始めた年です。その子たちのために、全国の中学校は毎年200万人もの生徒を受け入れるための学校体制を整えなくてはなりませんでした。だから教員の数も多いのです。ちなみに今年度(2025年度)の中学校新入生は120万人でしたから1.7倍もの生徒を受け入れたわけです。
同じ年から、第二次ベビーブーマーの抜け始めた小学校は児童数も減り、学級数も減って教員の必要数も減っていきます。数年経つと中学校でも必要数は減りますが、だからと言って一度採用した正規職員をクビにするわけにもいきません。できるのは新規採用を絞ることくらいです。そうした状況が1990年代の初頭からずっと続くのです。
ちなみに1990年は平成2年。バブル崩壊の年です。もっとも採用数を増やしたい時期と、採用しない時期が重なってしまったわけです。
教員の年齢構成が50歳以上に偏っていることにはこうした正当な理由がありますし、今さら是正できることもありません。しかしまた、それと管理職の不足は必ずしも関係ありません。なぜなら不足なら、不足に応じて若い管理職を増やせばいいだけですから。
【管理職になんてならなくてもいい時代】
現在放送中のNHK朝ドラ「ばけばけ」で、吉沢亮の演じている錦織友一という教師のモデルは西田千太郎という人ですが、この人が教頭になったのは26歳の時でした。エリートだったからではありません。貧乏で師範学校も出ていなくて、検定試験で資格を得た人です。
昔は普通の人でも二十代で管理職ができたのだからそこまで管理職年齢を下げろ、というわけではありません。しかし一昨年(令和5年)の統計でも、40歳以下の教頭(副校長)は全国に80人もいるのです。青森県も同じようにすればいい。ところが――、
実は別の事情があってそれができないのです。それが記事の割愛した部分にある、
「県内の小中学校の教頭試験の受験者数は年々減っており、本年度は403人(前年度比65人減)と、3年前の約6割にとどまった」
です。
記事は続けて「校長は横ばい状態が続いている」と書いてありますが、こちらの方は当たり前で、県内におよそ400の学校があるとすると、校長職は400、受験資格のある教頭も400、ほとんどの教頭が校長昇任試験を受けるので受験者数は安定します。「(過酷と言われる)ずっと教頭を続けたい、校長にはなりたくない」という奇特な人と「管理職は真っ平だ、もう辞めたい」という人を除くと、横ばいになるのは必然です。
しかし教頭職は違います。正規の教員であればだれでも資格がありますから、志望者数の増減が人気の指標となるわけです。
今年の青森県の教頭試験の受験者は「403人(前年度比65人減)」。調べると実際の教頭昇任者は66名だそうですから、およそ470人の受験者数は立派なものです(倍率6.2倍)。それでも三年前の40%減ですから不安にもなるというものです。
【いま管理職になるのは間尺に合わない】
もちろん校長・教頭(副校長)の立場・仕事が、非常に困難になったことが管理職忌避の最大の理由です。
指導要領が変わるたびに増える新たな活動(最近では小学校英語やプログラミング学習)、法令順守に関わる様々な業務、万全を求められる危機管理、高度に難しくなった保護者対応、等々・・・。特にコロナ禍3年間はあらゆることに即決の判断を求められ、そのいちいちにクビを賭ける覚悟をしてきたのです。その様子を見れば職員たちも羨ましいとは思わないでしょう。わずかな給与の上昇、わずかな栄誉のために管理職になって、あの仕事量・責任の重さではあまりにも間尺に合わない――そう思われても仕方ない状況です。
そこにさらに悪い要素が重なります。定年延長と役職定年の制定のために一度管理職になっても、役職定年で再び最前線へ向かわなくてはならないのです。一般の公務員と違って「管理職を解かれて閑職へ」というわけには行きません。
言ってみれば出世した軍人が外交交渉という武器を使わない戦場で10年も戦ってきて、ようやく一息つけると思ったら鉄砲を持たされて、弾丸の行き交う戦場を走り回らなくてはいけなくなるようなものです。外交も前線も同じ戦場には違いありませんが、戦い方が全く違います。そんなことなら前線を離れない方が良かった。10年も最前線を離れて、戦場で必要な「感」も「嗅覚」も「反射」も失った兵士に何ができるのか――わが身の安全も大事ですが、同僚を巻き込んで死地に向かわせるわけにはいきません。
だから給与が7割に下がっても今の職に就いていたいと思う人もいれば、今の立場もつらい、後進に道も譲りたい、そう考えて退職してしまう人も出てくるわけです。
【本筋は教員の未配置問題の解消】
10年以上も現場にいなかった元管理職が一兵卒として現場に戻ることは、本人にとっても、周囲にとってもとんでもなく不安なことです(それでうまくいかなかった例を、私はたくさん見ています)。しかし極端な教員不足の現状では、「いない教師よりも、いる元管理職」、危なっかしい教師でもいないよりはマシ。
さらに言えば、役職定年をすぎた管理職がそのまま管理職を続けていてくれればベテラン教師1名を昇任させずに現場に置いておける、それがベストだ、ということで青森県のような判断に至るのです。
取り上げた記事の最後の方にある、
「教諭か管理職かを選べるようになって勤務選択の幅が広がるほか、教員の未配置問題の解消にもつながる」
県にとって重要なのは後半だけです。