カイト・カフェ

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「500万円があっという間に消える・悪魔の救世主」~ある詐欺師の物語③

 ほんの軽い気持ちで口にした言葉が、生活を変える。
 覚悟もない普通の主婦が詐欺の元締めになっていく。
 気がつくと、帰れないところまで来ている。
 そう遠くないところに“破滅”の道が見えるようになる。
――という話。(写真:フォトAC)

 昨日の物語の続きを書いています。

【500万円があっという間に消える】

 500万円という金は、貯めるに難くて使うに易い額だ。ちなみに10年かけて貯めるとすると月々4万2000円ずつ貯金していかなくてはならないが、使う月額4万2000円は簡単だ。
 OSが更新されなくなったと言ってiPhoneを買い替えれば13万円程度。4万2000円の3か月分。PCの買い替えで20万円ほど。それだけで4.8か月分が飛んでしまう。
 遊びにも行かずに静かにしていても、自然に壊れるものも出てくる。60インチテレビの買い替えで3.6か月分、冷蔵庫が故障して5か月分。自家用車は安い新車で5年分、ちょっと高級なものをと考えると1台で500万円超だ。
 500万円なんてその程度の金額。あっという間になくなってしまう。

 M・D(マダム・ドーン)が図らずも手にした500万円の現金は一年足らずで消えてしまった。2年目の返済期限が迫る。最初考えていた利子の50万円どころではない。元本合わせて550万円も渡さなくてはならない。危機が迫る。
 しかしそこに悪魔の救世主が現れる。悪魔でもあり、救世主でもあるという意味での“悪魔の救世主”だ。

【悪魔の救世主】

 2年の期限が迫ったころ、M・Dに金を預けた女性がやおら訪ねてきて告げる。
「ねえ、“500万円を2年で1割”っていうあの話、もう一口、乗れる?」
 返済の確認かと思っていたら意外な話なので多少うろたえる。
「できないことはないけど・・・」
 瀬を踏みながらそう言うと、
「お願い、私のお友だちを助けてほしいの。その人も仲間に入れてよ!」
 《救い主だ!》と内心思う。本当なら“誰にも言わないって約束したじゃない”と非難すべきところが――そして後から考えるとそう言って蹴とばしてしまえばよかった話を、うっかり引き取ってしまう。頭の中は次につく嘘のことでいっぱいなのだ。全体には気が回らない。

「入れてあげられないこともないけど、今あるのは『600万円を2年で1割、1年据え置き』っていう枠だけよ(これで3年延ばせる、返すべき元本550万円も生み出せる)」
「うん、それでいい、それでいい」
 M・Dはその瞬間、腰が砕けそうなほどに安堵する。そしてさらに意外なことが起こる。
「ところで私の預けた500万円、利子を合わせると550万円になるんだけど、今のところ使い道がないの。このまま引き出さなかったらどうなる?」
 慌てながらも話を合わせる。
「あれは『引き続き』ということになるけど、今度は元金が550万円になるから、利子はさらに大きくなるわね」
「ああ、複利ってこと」
 複利計算という言葉は忘れていた。しかし素晴らしい思いつきだ。今の550万円が2年後は610万円、4年後は666万円と、置いておけば置くほど有利だということになれば安易に引き出したいとは言わなくなるだろう。
 M・Dは微笑んだ。しかしその背後で悪魔が高笑いをしている。M・Dは泥沼に、さらに一歩深く歩みを進めることになる。

【思いつきが制度化する】

 約束は破られるためにある、などと言う人がいるが、一度破られた約束は再建できない。果てしなく破られる。最初の老女の、”お友だちのお友だち”が現れるのに、それほどの時間はかからなかった。しかしその間にM・Dも賢くなり、慎重になって計画を練り直す。いやもともと計画などなかったのだから今回はじめてしっかり考えることになる。
 “お友だちのお友だち”の申し込みは《今は枠がない》と言っていったん断り、余裕を生み出す。そのうえで茶会のついでにルールを申し渡す。

  1. この件は犯罪ではないが大っぴらにできないものである。したがって他言無用。家族にも話してはいけない。
  2. 連絡もできるだけ対面で。携帯の通話はいいがメールやLINEメッセージのやり取りはしない。できない。
  3. この事業は有名地方企業数十社でつくっている組織が行っているもので、節税対策から生まれてくる余剰金を、特別に選ばれた人だけに、利子と言う形で渡しているものである。高度な信用で成り立っているものだから、出資者同士での相談もしてはいけない。
  4. 希望があればもちろん預かり証は出す。

 これだけの話を一気に作り上げたわけではない。繰り返し話す中で磨き上げてきたものである。

 その間に「会員」とも呼ぶべき出資者は5~6人にもなり、中には満期になるときちんと引き出す人も出てくる。あるいは“引き続き”にしておいた資金の中から1部を引き出したいという人も出てくる。それもいちどきに数百万円といった高額だ。注意深く扱っていたつもりなのに、資金が不足し始める。自ら消費者金融に借りにいかなくてはならない始末だ。
 しかたなくM・Dはリクルートに出かける。自ら声をかけて金を集め出したのだ。これにはかつてパートで保険の外交員をやっていた経験が役に立った。
(この稿、続く)