カイト・カフェ

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「マダム・ドーンとトリックスター」~ある詐欺師の物語②

 ちょっとした気の迷いとわずかな虚栄、
 持って生まれた虚言癖。
 それらが彼女を詐欺犯に育てる。
 そんな物語を書いてみた。
――という話。(写真:フォトAC)

 昨日予告した「ちょっとした気の迷い、わずかな虚栄、持って生まれた虚言癖によって詐欺犯罪に手を染めてしまったある女性のことを書こうと思っていたのです」について、次のような物語を書いてみました。ほんとうにつまらない人間のつまらない話です。

【華麗なるマダム・ドーン】

 マダム・ドーン(以下M・D:日本人)は齢のころ50代。でっぷりと肥えた大柄な女性で、今はスーパーマーケットのバックヤードで働いている。気立てのいいさっぱりとした性格で、面倒見の良いことでも知られていた。
 頭が切れて口八丁手八丁、なんでもできるが、本人は体を動かしていることの方が好きなようだった。

 地域に顔が広く、田舎のことなのであれこれものやり取りが絶えない。今日大根をもらえば、明日はキャベツを持っていくといったふうで、毎日何かが動いている。M・Dの家は畑こそあれ大した収穫はない。したがって自分のところから出すものは少なく、自然ともらったものを回すことが繰り返される。いわばバーターの中継貿易みたいなものだ。そうやってつくった人間関係は小回りが利き、しかも多彩だった。

 例えば誰かがM・Dに「たけのこ料理が作りたいんだけど、どこかで買えない?」とか言うと翌日には持ってきて「お代はいいから、また何かの折にモノで返してちょうだい」とか言ってさっさと帰ってしまう。時期が来て栗が欲しいと言えば伝手を頼って探してきてくれる。竹細工の竹だの、畑にまく稲藁だの、田舎ならではのものはたいてい、あっという間にそろえてくれる。

 聞き上手、口上手、褒め上手で、だからいつも周囲に人が絶えない。十数年前からのママ友とは子どもが成人した後も付き合いがあって、一緒に料理教室に通ったり漬物の講習会に行ったりしていた。
 一時は保険の外交員をしていたというのも、うなづける話である。

【しかしその一方・・・】

 ただ、この人には見栄っ張りなところがあって、ものすごく大量というわけではないがしばしばブランド物のバッグやアクセサリーをそれとなく見せびらかし、話の方は明らかに大げさだった。
「息子の新居に1000万円出してやった」
「娘の結婚式は両家で1200万円もかかったが、本人たちには一銭も出させなかった」
「その娘も今度、家を建てるというから同じくらい出してやらなくてはならない」
 古い友人の中には「かなり盛ってる(話だ)な」と思った人もいたが、取り立てて指摘するほどもないと黙っていた。長所の方が多かったからだ。
 新参の中には、M・Dの財布に1万円札が数十枚も入っているのを見て、「誰が見ているか分からないんだから注意しなさい」と忠告した者もいた。しかし見せびらかされているとは思わなかったらしい。
 スーパーの従業員の間では、同じ店員なのに金回りの良すぎるM・Dのことを、“稼ぎの良い旦那を持った主婦が、暇つぶしに来ている”と思い込んでいる人も少なくなかった。

トリックスターが現れる】

 ある時、M・Dのサロンに新参の老女が加わるようになった。この人がこれまで誰ひとり訊ねることのなかった質問を、M・Dにぶつけることになる。誰も聞かなかったのは金の話をするのは下品だと考えたからだが、この女性は品性を問えるような人ではなかった。
「あんた、どうやってそのお金つくったんだい?」
 M・Dはちょっと困った表情をしてから、
「ヒ・ミ・ツ。シークレットよ」
と答える。
 しかし相手はあきらめの良い女性ではなかった。ひとが話したがらないことをしつこく聞くのは恥ずかしいことだという倫理観はない。M・Dの夫が普通のサラリーマンであることを知っていたその女性は、会うたびに「いったいどこからその金は湧いてくるのか」と訊いてくる。何度でも何度でも訊いてくる。

 言うまでもなくM・Dに金があるというのは見せかけだ。精いっぱい見栄を張って無理をしている。しかしそれが嘘だとばれなかったことは、この先を考えるとむしろM・Dにとって不幸だったのかもしれない。
 ついに抵抗できなくなったM・Dはこんなふうに話す。
「実はいい投資先を知っているの。誰にも言わないでね」

 ちょっと知恵の回る人なら、口にする前にこれが間違った答えだと判断しただろう。なぜなら《誰にも知られたくない投資先がある》と言えば相手はM・Dの秘密を握ったと思い、「内緒にするから一口噛ませて」と言ってくるに決まっているからだ。
 そして実際にそうなった。

【嘘がつかれ、通る】

「いったいどのくらい儲かるんだい?」
「一口500万。利子は年1割、ただし1年据え置きだから実際には2年で1割の計算ね」
 500万円も1割もその場の思い付き。500万と吹っ掛ければさすがに普通の主婦は出さないだろうと思ったが、意外にあっさりと、
「500万円ね、じゃあさっそく用意するワ」
 急なことで思いつかなかったのだが、相手は普通の主婦ではなかった。「元普通の主婦」でも今は夫の遺産をたっぷり受け継いだ小金持ちなのだ。M・Dと違って500万円はすぐに右から左に動かせる額。
 2年後に50万円の上乗せをして返さなくてはいけない――一気に気の重い話になったが、頭の回転は速い、気持ちの切り替えも速い、
「何とかなるだろう。先のことは先に行って考えればいい
と忘れることができた。

【大金が降ってくる】

――しかしここで困った状況が生まれる。
 利子の50万円は2年後に考えることにして、とりあえず500万円の現金が手元に入ってきたのだ。何かに使う予定のない500万円、本来は2年先まで確保しておかなくてはならない500万円、しかし今は使うあてのない500万円、それが思いがけず手元にある。
 どうする?
(この稿、続く)