NHKの朝ドラ「あんぱん」がなかなか好評である。
やはりモデルの存在するドラマは安心して観ていられる。
――と思っていたが、根本に擬制があった。
名手・中園ミホはなぜこれほど大胆な改変をしたのか、
という話。
(写真:フォトAC)
【夫婦で朝ドラを観る。朝ドラの振れ幅】
最近見たテレビだと思うのですが、ある芸能人が先輩芸能人に勧められて夫婦でNHKの朝ドラを見るようにしたところ、夫婦間の会話が非常に豊かになり、とてもよかったという話をしていました。
きちんと覚えておけば使える話なのに、小耳に挟んだだけでやり過ごしたら、その芸能人が誰だったのか、そのひとに「夫婦で朝ドラを観るといいよ」と教えた芸能人が誰だったのか、全く思い出せません。加齢による記憶力の衰えというより、そもそも昔から記憶力に難があります。
記憶があいまいなのにも関わらずこの話を取り上げたのは、私の家でも10年ほど前から朝ドラを観てあれこれ夫婦で話をする習慣があるからです。月曜日から金曜日まで毎日放送しているわずか15分の番組で、ともに見るにも話題にするにも、時間的に都合がいいのです。
ただしこの10年間、順調に続いたかというとそうでもなく、妻が辛抱強いのに対して私が脚本に萎えるタイプなので、例えば昨年度後半の「おむすび」は仲里依紗さんの熱演にも拘わらず、ギャル文化に全くついていけなくて途中離脱しました。
若干の例外はあるものの、週4日・半年間をモデルのいないオリジナルの脚本で繋ぐのは難しいようで、せっかく航空学校を卒業してパイロットの免許を取ったのに町工場の再建に尽くすようになったり(「舞い上がれ」)、海女になるのかアイドルになるのかふらふらしたまま震災に見舞われたり(「あまちゃん」)と、どうしても迷走しがちです。それに比べると今の朝ドラのようにモデルのいる物語は、終着点がはっきりしていますから安心して観ていられます。
現在放送中の「あんぱん」は漫画家のやなせたかしさんと夫人の暢(のぶ)さんをモデルとした物語です。だいぶ脚色された部分はあるようですが、最後は幸せに天寿を全うするはずですから落ち着いたドラマとなっています。物語の流れに苦労しなくて済む分、内容に深みを与えられるという面もあるようです。
【脚本家・中園ミホのすごさ】
脚本は「ハケンの品格」や「ドクターX」で定評のある中園ミホさん。この人が手掛ける作品では、ことごとく女性たちが格好いいのに対し、男たちはどれもどこか滑稽で、品位に欠けるところがあります。実話を元にしている朝ドラの「花子とアン」や「西郷(せご)どん」でさえも、吉高由里子さんだの仲間由紀恵さんだの、あるいは黒木華、二階堂ふみ、北川景子・・・と、女優さんはいくらでも思い出せるのに男優は鈴木亮平、渡辺謙、吉田剛太郎と、極めてアクの強い俳優しか浮かんできません。
今回も主人公の今田美桜さんを始め、江口のり子、河合優実、原菜乃華、浅田美代子、戸田菜穂、松嶋菜々子と女優陣は華々しく浮かんでくるのに、男性陣は名だたる名優を入れているにも関わらずどこかパッとしません。実際、大勢がパッとしないまま突然消されます。
今週も、週の明けたばかりの火曜日に主人公の夫・次郎(中島歩)が病気で亡くなり、それはそこそこ丁寧に描かれていたからいいようなものの、もう一人の主人公である柳井嵩(北村匠海:モデルはやなせたかし)の弟は、けっこう重要な役だったはずなのに仏壇に飾られた写真1枚で亡くなったことが示されるという素っ気なさ。同じ男性である私のとしては虚を突かれたような、呆気なさすぎるような感じにならざるを得ません。それが中園ミホです。
今年は戦後80周年にあたる年。ということは住民の25%およそ20万人が亡くなった沖縄戦からも80周年、10万5400人が犠牲となった東京大空襲からも80年、たった2発で16万4000人もの民間人が殺された広島・長崎の原爆投下からも80年ということで、「あんぱん」もここ2~3週間は主人公そっちのけで軍隊や戦争の様子を扱っていました。戦争をあまりにも丁寧に描きすぎたため、SNSでは「続けて見るに堪えない」といった感想が出るほどでした。これも中園ミホの手腕の故でしょう。
そして昨日、戦争も終わり、その過酷な戦場から戻った嵩と、夫を亡くしたばかりの主人公(のぶ)が、4年ぶりに地元、高知で再会したのです。
【再会の日】
(のぶ)嵩…。生きちょったが?
(嵩)うん。
(のぶ)無事に お帰りになったがですね。
(嵩)うん
(のぶ)ご苦労さまでございました。どういて…ここが?
(嵩)釜次(かまじ)さんから聞いたんだ。次郎さんのこと…。
(のぶ)わざわざ ありがとう。嵩…。うち…教師、辞めたが。
(嵩)そう。
(のぶ)子供らあに…もう向き合えんなってしもうた。取り返しのつかんことをしてしもうたがや。
あの子らあを戦争にしむけてしもうたがはうちっちゃ。
うちは、立ち止まらんかった。立ち止まって、考えるのが怖かったがよ。あの子らあの自由な心を塗り潰して、あの子らあの大切な家族を死なせて…。うち…生きちょってえいがやろうか。うちは…生きちょってえいがやろうか。
(嵩)のぶちゃん。死んでいい命なんて…ひとつもない
(のぶ)嵩…。はあ、うちは…どうすればよかったろうか。
書き写してみるとそれほど長い台詞ではありませんが、ドラマの中では4分間に渡ってゆっくり語られる重苦しい会話です。
【なぜ敢えて主人公は元教師なのか】
実際のやなせたかしさんの夫人、暢さんには教員歴はありません。ドラマでは嵩の幼馴染、高知出身で地元の師範学校を出て地元の小学校の教師となり、「愛国の鑑(かがみ)」と呼ばれるほどに国家主義に傾倒して終戦を迎えるということになっていますが、実際の暢さんは大阪市出身、市内にあった旧制阿部野高等女学校を卒業して東京の日本郵船に就職し、そこで最初の配偶者と出会っています。夫となった人が高知県出身であったために終戦を高知で迎え、夫の死後は高知新聞社に就職してそこでのちに《やなせたかし》さんと出会うのです。
もちろん朝ドラはフィクションですから、主人公や周辺の人々の経歴をどのように変えてもいいのですが、モデルである小松暢さんのどこにも要素のない「教師」という属性を、敢えて《のぶ》に与えたのはなぜなのか、私は元教職にあった者ですから、ことさらそれが気になるのです。
(この稿、続く)