東京メトロ「東大前駅」で起きた切りつけ事件、
43歳中年の、あまりにも杜撰で拙い殺人未遂。
だが犯人はある意味で特別な人間なのだ。
引きこもりで、就職超氷河期世代で、酒鬼薔薇世代。
という話。
(写真:フォトAC)
【東大前駅切りつけ事件】
5月7日夜、東京メトロ南北線「東大前駅」で起きた切り付け事件、殺人未遂で現行犯逮捕された43歳の男は「教育熱心な親のせいで不登校になり苦労した。東大を目指す教育熱心な世間の親たちに度が過ぎると子どもがグレて私のように罪を犯すということを示したかった」、そう発言して世間の耳目を集めました。
この話を聞いて思い出したのは、とんでもなく遠いところにあった別の記憶です。
「ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までも、そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中でだけでも実在の人間として認めて頂きたいのである。それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない」
同時代を生きた人はすぐにピンとくると思うのですが、28年前の1997年(平成9年)神戸市須磨区で発生した神戸連続児童殺傷事件の犯人・酒鬼薔薇聖斗(さかきばら・せいと)の犯行声明の一部です。当初、犯人は30歳前後の体格ががっしりした男、という見立てがあったので、私はずいぶん違和感を持ちました。30歳前後という人物設定からすれば義務教育は15年以上前の話です。16歳から30歳まで――普通の人生なら最も波乱の多い15年間を、ずっと同じ恨みを抱え込んで成長してきたのか、そんな人生ってあるのだろうかという違和感です。
終わって見れば案の定、犯人は中学生でした。しかも義務教育に対する恨みというのも創作だったのです。
今回の東大前駅傷害事件は違います。犯人は正真正銘の43歳。だとしたらこの犯人、28年間も恨みを抱えて来たことになります。どんな人生だったのでしょう?
【 “暴れん坊将軍”が菜切り包丁を振り回す】
それにしてもこの事件、初めからずいぶんとちぐはぐでした。
私が最初に“アレ?”と思ったのは駅のホームに転がる血染めの包丁です。普通、包丁で人を襲うと言ったら出刃包丁でしょう? せいぜいが文化包丁。菜切り包丁で襲う人はいません。あれでは刺せない。切るがせいぜいで、それも手首だとか首だとかを的確に狙って静脈でも切断しない限り人は殺せない。菜切り包丁を振り回す殺人犯なんて、むしろ滑稽じゃないですか。
想像通り犯人は被害者に数回切り付けたものの、重傷を負わせることもなく取り押さえられています。切りつけられた方は大学3年生だと報道されていますが東大生かどうかは分かりません。東大前駅にいる大学生風の若者だから東大生と値踏みしたのでしょうか? 人生を懸けてやった犯罪で東大生でなかったらお笑い草だと、そんなふうには考えなかったのでしょうか? しかも到着した電車内に逃げ込んだ被害者を追って、自ら入った車内で偶然居合わせた警視庁の警察官に捕まるという運の悪さ。
移送のために乗せられた車両の中で押し黙って瞑目する姿は松平健なみの「いけオジ」ですが、その端正な顔立ちとやったことの拙さ、暴れん坊将軍が菜切り包丁で人を殺そうするというおかしさ、そして動機が「教育熱心に過ぎた親のせい」となると違った意味で被害者が気の毒になります。とんでもない恐怖に襲われ痛い思いをしたというのに、犯行動機も手口もあまりにも幼いからです。
【まったく自立できていない】
人間の自立には三つの側面があります。「生活自立」と「経済的自立」そして「精神的自立」です。
「生活自立」というのは朝起きて顔を洗い、朝食を摂ってから歯を磨き、出発時刻に間に合うように準備して出かける、といった基本的生活習慣ができるようになること。
「経済的自立」というのは言うまでもなく、自分が使う分くらいの生活費は自分で稼げるようになることです。
そして「精神的自立」というのは、自分の内なる価値観に矛盾がなく、何かを得るために何かを犠牲にできる能力のことを言います。価値観に矛盾がありませんから何かうまくいなかった場合も我がこととして引き受けることができます。ひとのせいにはしません。だから精神的に自立していない人間はすぐに分かるのです。誰かのせいにしたがるからです。特に子どもの場合は、親のせいにします。
東大前駅事件の犯人は「教育熱心な親のせい」で不登校になったと言います。もうその時点でおしまいでしょう。43歳にもなって精神的自立ができていません。おまけに先週末の報道では「母親に金を振り込むように頼んだが、もらえなかった」からと、経済的自立もできていなかったことも告白しています。
聞けば名古屋の資産家の生まれで18歳の年から家族の所有するアパートに住み、「司法試験を受けている」という体裁でつい数年前までまるで働いていなかった様子。その後長野県で廃屋のような家を借りて暮らすようになったものの、これといった仕事もせず、やがて親からの仕送りもなくなって切羽詰まった――そんな感じのようです。あまりにも何もしていなかったらしく、名古屋時代の情報はほとんど出てきません。
【酒鬼薔薇世代】
ここまでだと本当に救いようのないバカな男の話ということになりそうですが、実は犯人には捨ておけない三つの重要な属性があるのです。
- ひとつは、中年になって初めて行き場を失った元引きこもりだということ。
- もうひとつは就職超氷河期世代(現在30代後半~50代前半)であること。
- そして三つ目は1982年生れの男性だということ。
1982年生れの男子には、同い年に強烈な目印があります。わずか14歳で昭和の犯罪史に大きな刻印を打った同胞、酒鬼薔薇聖斗*1です。
43歳にもなってチンケな犯罪を行った男の同世代(=1982年生れ)には他にも錚々たる構成員がいます。
「人を殺してみたかった」と呟いた豊川市主婦殺人事件(2000年)の犯人、西鉄バスジャック事件(2000年)の犯人は83年生れですが早生まれの同学年、秋葉原事件(2008年)で死刑になった加藤智弘は同じ82年生れ。三人とも強烈に酒鬼薔薇聖人を意識していました。
他には2012年の「コンピュータ遠隔操作事件」の犯人。ひとつ年下の83年生れには歌舞伎町ビデオ店爆破事件(2000年)の犯人、船橋明大生強盗殺人事件(2001年)の犯人、そして2000年に母親を殺し、2005年には大阪で若い姉妹を殺して死刑になった犯人が83年生れです。
20世紀末から21世紀初めにかけて、立て続けに17歳が重大犯罪を行った特異な時期で、そのころの世代は「キレる17歳世代」「理由なき犯罪世代」「酒鬼薔薇世代」と呼ばれました。そのうちのひとりが、43歳にもなって社会に出て、つまらない犯罪を行って逮捕されたのです。
(この稿、続く)