紅白歌合戦に出てくる歌手の半分も名前を知らない。
それなのにみな有名人なのだそうな。
多様性の時代はあちこちの島宇宙で、
人々は小さく、濃く、まとまって暮らすようになる。
という話。(写真:フォトAC)
【紅白歌合戦に出てくる、名前も聞いたことのない有名人たち】
ちゃんみなという名前の歌手を知っていますか? 水曜日のカンパネラの詩羽(うたは)というボーカルはご存じでしょうか? 二人とも知る人は知る人気歌手で、コンサートを開けば軽く数万人を集める人たちです。私はたまたまテレビドラマを通じて知って、ひところ夢中になって聴いていました。しかしそれはわずかな機会を掴んでこじ開けた扉から知った人たちで、偶然に恵まれなければおそらく今も知らないままです。
そんな偶然に恵まれなかった有名歌手に、近年は紅白歌合戦で出会うようになっています。JO1、Stray Kids、すとぷり、キタニタツヤ、 BE:FIRST、LE SSERAFIM、中には読むことすらできない人もいますが、出場歌手の三分の一は「はじめまして」です。紅白に出るくらいですから私の知るちゃんみなや詩羽より売れている歌手・グループなのでしょうにね。
もっとも山内惠介や三山ひろしだって私にとっては10年ほど前の「紅白歌合戦ではじめまして」でしたし、若い人たちにとっては坂本冬美や郷ひろみが「紅白歌合戦ではじめまして」なのかもしれません。音楽番組のめっきり少なくなった昨今のテレビ事情では、よほどしっかりと後追いしていないと、何が流行っていて何が最先端なのを知ることが困難です。
実際に「10万人コンサートを成功させた偉大な歌手」と言っても、現場に行った人間は日本の全人口の1億2500万分の10万、つまりわずか0.08%しかいないのです。逆に言えば人口1万人につき8人の割合で人の心をつかめば、この国では10万人コンサートを開ける可能性が出てくるわけです。
すごくない?
【情報は特定の場所で渦を巻いている】
昔は、その「1万人につき8人しかいかいないけれど集めれば10万人という巨大勢力になる人たち」を、探し出すこと自体が難しかった。同好の士たちは互いを知らず、連絡を取り合うこともないからそれぞれ孤立し、引きこもり、たまに出会うことがあっても互いに名乗らず、「オタク」「ジブン」と言い合って、基本的には深い関係をつくらないようにしていたのです。ところがネット時代になって、社会の様相はすっかり変わりました。
古典芸能からマンガ・アニメ、昭和歌謡から韓流、R&Bまで、誰かが「この指とまれ」というと信じられない数の人間たちが集まって、そこに島宇宙を形成します。島宇宙ですから中は同質性も高く親密なのに、島どうしはそれぞれ無関心で干渉し合わない、そうした仕組みができ上っているのです。
同質の人々だけが集まって互いに語り合い、自慢をしたり不満を言ったり――、しかし基本的に同じ人間なので、同じ情報が同じ場所で渦を巻くようになります。エコー・チェンバー*1とかフィルターバブル*2とかいった現象が起こり、情報に偏りが出てくる――。
*1:エコーチェンバー現象とは、ネット上の掲示板やSNSなど自分と似たような考えや価値観、趣味嗜好を持った人たちが集まる閉鎖的な空間でコミュニケーションが繰り返され、自分の意見や思想が肯定されることで、自身の主張する意見や思想が、あたかも世の中一般的にそうである、世の中における正解であるかのごとく勘違いしてしまう現象のこと
*2:フィルターバブルとは、アルゴリズムがインターネット利用者の検索履歴やクリック履歴などを分析して、利用者の思想や行動特性に合わせた情報を作為的に表示する現象のこと。
【私の知っている「学校の現状」】
私は主としてネットで現職教員の発言を聞くようにしていますが、そこに展開しているのは現状に対する不満であったり批判であったり、同僚や先輩教師あるいは文科省・教委、さらには保護者に対する怒りや不満、苛立ちといったものが中心になりがちです。現状に満足し、前向きな気持ちで仕事をしている人たちは、忙しすぎてSNSにつき合っている時間がないのです。しかし私は年金生活なのでけっこう暇で、その多くに目を通すことができます。
学校を離れて10年、つまり私の学校教育に関する情報源はテレビとネットのニュース、そしてSNSが中心となっています。すると何が起こるか。
現在の学校は昔に増して多忙です。ただし少し違ってきてるのは、実力と誠意に乏しい生意気な新卒教師と老害教師が増えたことで、職員室が多少ギスギスした感じになってきた点です。昔のように先輩が後輩の面倒を見るといったことも、新旧双方から丁寧に避けられるようになっています。必要以上の接近はパワハラ・セクハラの温床になりがちですから。
多くの先生たちが顧問拒否をすることで部活の地域移行も進み、今や学級経営も教科指導もできないくせに部活ばかりやっている、俗にBDS(部活大好き先生)と揶揄される少数の変わり者だけが熱心に頑張っているに過ぎません。遠からず週日の部活も地域に移すと文科省も言っています。
もちろん仕事のできないだらしない教師は相変わらず遅くまで学校にいますが、優秀な教師はほぼ定時に退勤し、しかも遺漏はない。保護者対応もだいたい退勤時までの終わらせるか、そもそも“しない”と保護者にも理解してもらっています。児童生徒も教師に過剰な期待をすることがなくなり、適度な距離が保てるようになってきている。
――多少は誇張して書きましたが、それが現在の私の知っている学校の状況です。そのイメージはもしかしたら間違っているのかもしれませんが、というか何となく違っているような気がしながら、他に情報がないので修正できずにいるのです。
ネットにも大手メディアにも真実がないとしたら、私たちはどうやってこの世界を知ればいいのでしょう?
(この稿、続く)