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「ゴッド・マザー中宮彰子:普通の成長をしてこなかった子」~「光る君へ」に見る脚本家の力量③

 今は弱々しい《陰キャラ》の中宮彰子、
 しかしこの子はやがて86歳まで生き、
 藤原家を支えるゴッド・マザーとなる。
 いったい彼女に何が起こるのか――。
という話。(写真:フォトAC)

中宮のイメージが違う。名前の魔力に騙されていた】

 源氏物語は高校の古典の時間に学び、中高の歴史の授業でも触れました。一度は読んでおかなくてはならないという義務感から、大学生時代に谷崎潤一郎の「源氏物語」を読み、それはそれで楽しかったのですが、他にもしなくてはならないことがたくさんあって、源氏物語紫式部については、以後、社会科教師として教科書程度のことを教えるに留まりました。それ以上深く学ぶことはなかったのです。
 今回NHKの大河ドラマを観ながら、次々と湧き上がる疑問や理解できないことを調べ直す中で、これまで知らなかったたくさんのことが分かってくる。それがまたこの番組を観る楽しみとなってきます。
 
 知らなかったと言えばあれもこれもなのですが、同じ“知らなかった”でも「初耳だった」という場合もあれば、「まったく違ったものとして考えていた」という場合もあります。後者についていえば、中宮定子と中宮彰子について、私が抱いていたイメージがまったく違ったものであったことに驚いています。
 名前というものは困ったもので、多くの場合、最初からに何らかのイメージを纏っています。具体的に言えば、私には定子という名前の強い伯母がいて、彰子という名のとても可愛い後輩が中学校時代にいたのです。たったそれだけの理由で、どんなに抵抗してもそちらに引っ張られてしまいます。

【ゴッド・マザー中宮彰子】

 「光の君へ」で中宮定子を演じた高畑充希さんは決して弱々しい感じの女優さんではなく、清少納言のウイカさんが「なんとお美しい」と目を見張るほどの美人でもないと思うのですが、それでも役どころはたおやかな超美人です。一条天皇の執着は中宮定子の生前も死後も変わりませんからよほどの女性だったのは確かでしょう、私の伯母とは違います。
 一方、中宮彰子はドラマの現時点ではまるっきり主体性に欠ける、物静かどころか現代の若者言葉で言えば完全な《陰キャラ》です。ところがWikipediaなどを見ると、彰子は藤原摂関家全盛期のゴッド・マザーなのです。
 
 例えば1011年、病気になった一条天皇は退位するにあたって中宮定子の忘れ形見であり、第一皇子である敦康親王を皇太子とすることを望むのですが、それを道長が阻止します。自らの娘である中宮彰子の産んだ第二皇子の敦成親王を皇太子とし、外祖父の立場から政治に関与しようと考えたからです。道長の圧力に屈して一条天皇は敦成親王を皇太子とすることに同意するのですが、それに激怒したのが中宮彰子だったというのです。実の子が皇太子なったのを喜ぶのではなく、定子から預かった養い子が蔑ろにされたことに納得ができなかったというのです。
 もちろんこの時点では十分な政治力もなかったので事態を動かすには至りませんでしたが、次第に政治に関与するようになり、三条天皇一条天皇と敦成親王を繋ぐためにワンポイント・リリーフで間に置かれた天皇)の后で異母妹にもあたる中宮妍子が、繰り返し宴会を催すのをとがめてやめさせる、といった厳しいこともしています。これには辛口の堅物・藤原実資も感心して「賢后と申すべきである(『小右記』)」と記しているといいます。
 
 Wikipediaは最後に、
道長の出家後、彰子は一門を統率し、弟の頼通らと協力して摂関政治を支えた
と記し、彰子に関する「藤原彰子」(本郷恵子著、2019年、吉川弘文館)には、
道長はしばしば彰子の御所で重要な政務を行った。また後一条天皇元服の加冠(かかん)役をつとめるために、道長太政大臣に任命する際、実質的な決裁者となったのは彰子だった。のちに院政を開始した白河院は、院としての権力行使を裏付けるために、彰子の先例をたびたび採用した
とあるそうですですから本物のゴッド・マザーだったのでしょう。長命で86歳まで生きました。
 では、いかにしてあの弱々しい《陰キャラ》彰子は、偉大な《賢后》となったのでしょう?

【普通の成長をしてこなかった子】

 今週8日の「光る君へ」には。中宮彰子がまひろ(紫式部)を訊ねて、
「そなたの物語だが、面白さが分からぬ」
と語り掛ける場面がありました。よくできた部分です。この時点ではまだゴッド・マザーどころかただのマザーですらなく、もしかしたら大人の女性でさえなかったのかもしれません。
 何しろ12歳(満11歳)で入内して人妻となってしまった人ですから、普通の女の子として成長する環境がなかったのです。子どもらしい遊びの代わりに2歳の子(敦康親王)をあてがわれ、養母としての仕事をさせられます。もちろん実母(道長正室)である倫子が相当深く入り込んで援助しますが、やっているのはままごとではなく本物の保育です。子どものやることではありません。

 貴族であろうとも、子どもは基本的に子どもたちの中でしか育ちません。身分差別の時代ですからその壁を越えてということはなかったかも知れませんが、同年代の友だちと切磋琢磨し、傷つけ合い、知恵をつけ合い、少しは悪い話や悪いことを行う経験を通して、共通の思い出をつくりながら大人になって行く、それが人間としての普通の成長です。
 しかし12歳で人妻になってしまうような子に、そんな当たり前の豊かさ与えられていませんでした。男女のことも、普通は同年代の訳知りやおませさんたちの、ろくでもない話の中から自然に学習していきます。
 あの男性は美しいとか不細工だとか、あの言い方は麗しいが野暮だとか、そうした他愛のない話の繰り返しの中から、私たちは価値だとか美学だとか、恋愛観だと人生観だとかを積み上げてきます。しかし彰子にはどれもない。普通の成長がされてきていない。

 だから源氏物語が分からないのです。何が面白いのか分からない、何が人々をときめかせるのか分からない、そもそも男性方が何を語っているのかも理解できない。
――やれやれたいへんなことです。今の中宮彰子には、学ぶべきことが山ほどあるのです。
(この稿、次回最終)