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「世界ランキングの9位(阿部)は1位(ケルディヨロワ)に勝てなくて当たり前だろ?」~メディアはもう少し丁寧に調べてくれ

 阿部詩がまさかの2回戦敗退!
 しかし勝ったケルディヨリワは結局、優勝。
 調べると、阿部は世界9位で、ケルディヨリワは1位。
 これって、初めから負けて当たり前って話じゃないの?
という話。(写真:フォトAC)

【パリの空の下をセーヌが流れ、悪魔が笑う?】

 パリオリンピック柔道女子52㎏級、日本期待の阿部詩は2回戦で敗退。私は詩ちゃんが大好きなので意気消沈しています。
 メディア各紙はこぞって「まさかの敗戦」(日テレ、日刊スポーツ、スポーツ報知、サンスポ他)と書いていますが、私もよもや2回戦で負けるとは思っておらず、詩ちゃん自身もおそらくそんなところで躓くことは想定しておらずに、さぞや悔しかったことと思います。
 やはりオリンピックは特別です。「パリの空の下をセーヌが流れ、悪魔が笑う」といったところでしょうか。
 競技はまだまだ続き、期待の種目は次々と始まりますから、いつまで引きずっているわけにはいきません。マスメディアも忙しく、詩ちゃんや女子52㎏級のその後を追っていませんから、私も早く切り上げて次に向かいましょう――と思って、それでも阿部詩に勝利した相手はどうなったのか、気になって調べたら、なんとウズベキスタンのディヨラ・ケルディヨロワ選手は最後まで勝ち抜いて、金メダルを獲得していたのです。要するに強かったわけです。
 さらに調べるとケルディヨロワは世界ランキングで第1位、阿部は同9位なのです。そのためケルディヨロワは第一シードで2回戦から始まるのに対して、阿部はノーシードで1回戦から戦っています。9位が1位に負けても、それは「まさかの敗戦」ではないでしょう。阿部詩って、そんなに弱い選手だったの? ですか?

【日本柔道は外国に手の内を見せない】

 いくつかの事実と印象を並べれば、3年前の東京オリンピックの覇者・阿部詩は、外国人選手に対しては5年間無敗。東京オリンピック以降は日本選手を含めてだれにも負けたことがなく、頭一つどころか二つも三つも跳び抜けて強い、最強の52㎏級だったはずです。それが9位というのはどういうことなのでしょう?

 実は、これについて読売新聞に詳しい説明がありました*1
「日本代表に内定してしまえば、出場枠を確保している限りは、しゃかりきに国際大会で上位を目指す必要がなくなる。その結果、絶対的強さを誇る阿部きょうだいも、一二三が6位、詩が9位にとどまっている。日本代表の世界ランキングがそれほど高くないのは、世界の強豪に手の内を見せることなく強化し、いいコンデションでパリ大会に臨むためなのだ」
 要するに日本国内に強い選手はいくらでもいるので練習相手に事欠かない。だったら敢えて海外の選手と手間も時間も金もつかって戦い、ランキングを上げるより国内で充実した練習を積んで、
「世界の強豪に手の内を見せることなく強化し、いいコンデションでパリ大会に臨む」
 その方がよほど得だと、計算したわけです。
 阿部詩の《対外国人5年間無敗》も、もしかしたら外国人相手の試合自体が少なかったからかもしれません。この3年間はケガも多かったこともあって試合数はどんどん減っていき、それが無敗なのにランキングが低いという不思議の原因だったのかもしれません。
 しかしこのやり方がどこまで有利な話なのかは、よく分からないところです。

【ノーシードは危険だ】

 ランキングが低ければシードされないために1回戦から戦わざるを得ず、またその枠の中には必ず優勝候補がひとりはいますから、実際に阿部詩がそうだったように、優勝候補と1~2回戦で当たって負けてしまう可能性もあるのです。
 メディアはどこもかしこも「まさかの敗戦」と言っていますが、「まさか」であるのは自分がシードされている場合だけです。さらに、同じ「敗戦」でも3回戦以降なら敗者復活戦を勝ち抜いて銅メダルを目指す道も残されているのに、1~2回戦でだとそれも不可能です。阿部詩はまさにそれでした。
 女子52㎏級にはシードが6枠ありました。ですから世界ランキング6位以上なら確実に、1~2回戦で自分よりランク上の選手と戦う可能性はなかったのです。それが9位だから1位と戦わざるを得ず、たまたまその時、運が詩に味方しなかったのです。
 
 ちなみに兄の一二三はどうだったのかというと、こちらも優勝候補筆頭にもかかわらず世界ランキングは6位。男子66㎏級のシードは5枠しかありませんから難しい位置でしたが、幸い上のランクでオリンピック出場のかなわなかった選手がいたらしく、無事シード権を獲得して勝ち上がっています。兄妹で連覇を目指すと言っても、状況はまるで違っていたのです。
 メディアはそんなことも知らなかったのでしょうか――? いえいえそんなはずはありません。「阿部詩、最強」「なのに負けた」の方がドラマになるからそうしただけです。事実よりフィクションの方が面白いに決まっています。

【詩はすでに試合前に負けていた】

 ところで、
「国際大会でしゃかりきになって上位を目指したりはしない」

 それが日本柔道連盟の基本的な方針なら、阿部詩に起こったような事件は今後も続くことになります。外国人選手と戦わない姿勢が、ケルディヨロワの実力を見誤らせたわけですから。
 メディアはそのことも問題にしません。悲劇は、ないよりはあった方が面白いからです。