カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「ただ見せびらかすところから始まる窮地」~誉められたい、感謝されたい、すごいと言われたい⑤

 昔の同僚が騙されて多額の資金を渡してしまった事件、
 打つ手がなくなって警察を煩わせることになった。
 加害者の破滅も近い。ただ振り返ってみれば、
 始まりは単に“すごい”と言われたいための小さなウソだったのだ。
 という話。
(写真:フォトAC)

【まるで先に進まない話】

 乗り掛かった舟から降り損ねてこの4年、エリナ女史の事件に、陰に陽に関わって今日まできました。いや、当事者ではありませんから「陰に陽に」ではなく「陰に陰に」という感じで、かなりもどかし日々でした。隔靴掻痒(かっかそうよう)とはこのことだと思いました。

 最初の半年間はそれでも辛抱強く催促させてみました。しかしエリナ女史は「N女もまた被害者のひとりかもしれない」と思っていましたから催促も遠慮がちで、畳みかけるといったことができません。直接対決を怖れて督促はLINE上でしかしないので手間もかかります。その間に学校のことで助けてもらわなくてはならないことも多かったので、いつの間にか有耶無耶になってそのつど催促のし直しです。
 その催促に対するN女の返事はいつものらりくらりしたもので、事務所の方にはお願いしている、稟議書が回り始めた、手違いがあって処理をやり直している等々。「連絡が来ないので聞いてみます」「明日連絡してみます」「急な用事があって連絡できませんでした」「明日、様子を見に行きます」・・・。エリナ女史にとっても緊急に必要なお金ではないので、請求の矛先は鈍くずるずるといくらでも先延ばしになってしまいます。
「誉められたい、感謝されたい、すごいと言われたい」
の裏には、
「嫌われたくない、疎まれたくない、ダメだと思われたくない」
があるみたいで、追及の矛先は甘いのです。

 私は苛立ちましたが、当人が動かない以上は何もできません。そして1500万円の損害もエリナ女史が呑み込んでしまうつもりなら仕方ないと思い始めたころ、事態は思わぬところから動き始めます。
 同じように資金をつぎ込んで返してもらえないひとりが警察に訴えたのです。

【経験はさまざまなことを教える】

 この経験を通して私はさまざまなことを学びました。例えば警察にはできる限り事件を背負いたくないという心理的バイアスがあること。それはそうでしょう、人口や事件数に対して日本の警察はあまりにも人数が足りていません。面倒なことはできるだけ避けて行きたいのは教員と同じです。
「この事件でN女の役割は『(ただ知らずに仲介した)善意の仲介者』である可能性が高い」
「上部組織が暴力団などの場合、現代では周到な準備の上で行っているから立件できない」
ネズミ講の可能性がある。ネズミ講で有罪にできる対象者はごく少ない」
等々、最初から「扱いたくない」という雰囲気は芬々と匂ってきます。

 しかしエリナ女史の場合は銀行を介して大きな金をN女に渡した記録が残っており、その金が別のどこかに振り込まれた様子はなく、毎月1割の利子といった証言する被害者はいくらでもいて、LINEでの1年間のやり取りもあります。N女の言う上部組織の住所には普通の民間人しか住んでおらず、ようやく聞き出した電話番号はどれも通じないか、名前の違う人が出てくる、これで事件にならないとしたら、世の中の犯罪の大部分は見過ごされてしまいます(と、素人は思う)。

 刑事が進まないのなら民事でということも考えられますが、エリナ女史以外の被害者は全員「ご近所」で現金渡しを原則させられていたため「金を渡した証拠」すらない。証拠のあるエリナ女史は弁護士に相談すると、
「裁判を起こせばおそらく勝てるでしょう。しかしこの人、普通の主婦で払うお金なんてもっていませんよね? 裁判費用も払ってもらえない。ない袖は振れないのです。そういった事件と山ほどあります」
 聞けば1500万円の損害賠償請求は勝訴なら200万円ほどの弁護料がかかるとのこと。合わせて1700万円の損になりかねません。弁護士を使わない「本人訴訟」というのもあるそうで、私も勉強しかけましたが結局1銭も取れないとなれば同じようなものです。
 そして2年半。事件はようやく終盤に差しかかろうとしています。

【欲望は止まらない】

 これだけの時間をかけると、N女という女性もだいぶ分かってきます。
 最初PTAの副会長として知り合った頃のN女は、チャキチャキと気っ風のいい農家のお上さんで、地域の名士、土地の顔役でした。しかしその内実は実に複雑で厄介な人だったに違いありません。

 エリカ女史と比べれば学歴もない金もない、ついでに言えば美貌もない。独身のエリカ女史に対して夫もいれば子どももいる、その夫はN女自ら “オヤジ”とか“ジジイ”としか表現できないような人物で仲もよくない。子どもにも小学生のうちからずっと苦労させられてきた。いや自分だって昔から大したことはなく、いまも商売上の学歴は詐称のままだ。
 ただ小さなころから口だけはうまかった。だから保険の外交員でもやればうまく行くと思ったが、調子が良すぎてさほど成績も上がらなかった。ただし地域ではそこそこがんばれてきた。
 みんなのために働けばみんなが自分を誉めてくれる、感謝もしてくれる、稀にだれもやらなかったことをやってすごいと言われることもある――と、その程度で満足していれば問題はなかったのかもしれません。しかしN女はさらなる名声や感謝を欲しました。
 財布に札束を精一杯詰め込んでさり気なく見せびらかしたり、ちょっとした会食会では奢ってみたり、あるいは自分が大きな金づるを握っているかのように匂わせてみたり、実際に大口の金儲けの話を独占的に握っているように見せかけたり――。

【ただ見せびらかしただけなのに】

 今回の事件についてN女のことを「ウソの天才」とか「悪知恵は天才的」とかいった人もいますがそうではないでしょう。彼女のやり方はけっしてオリジナルなものではありません。3年前にも山口県周南市で保険会社に勤務していた女性社員(当時89歳)が、顧客から約19億円をだまし取ったとして逮捕された事件がありましたが、それと同じです。この種の金儲けノ偽話は、保険業界にはいくらでもあるのでしょう。
 知っていても普通は本気でやってみはしません。しかしあたかも秘密の儲け話を知っているかのようにふるまえば、「一口乗せろ」と言ってくる人間を阻止することは難しくなります。
 そして金を預かりある時期から利子を払い始めると、友が友を呼んで動く金が大きくなり、払う利子も多くなって自転車操業めいてきます。返すために別の人から借りるようになり、あとは犯罪者への道をまっしぐら。

 別に金が欲しかったわけでも買いたいものがあったわけでもありません。ただ大金を持っているから“すごい”と言われ、一段高い上の社会とのつながりがあると思われて “すごい”と感心される、ただそれだけのことだったのかもしれません。しかし起こしてしまったことは、“その程度のこと”で済まされるものではないのです。

(この稿、終了)