カイト・カフェ

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「詐欺師に金を奪われるためのさまざまな条件」~誉められたい、感謝されたい、すごいと言われたい④

 多くの詐欺事件が巧みな儲け話ではなく、アホな話題の下に行われる。
 それでも引っかかるのは、引っかかるだけの条件がこちらにあるからだ。
 欲だけの問題ではない。欲がないから騙されることもある。
 私の知り合いの場合がまさにそれだった。
 という話。(写真:フォトAC)

【普通に聞けばありえない額の利子】 

 電話をもらった日の週末、私はエリナ女史をレストランに呼び出して話を聞きました。話の中身は絵にかいたような、いや絵にさえ描けないような詐欺事案です。
「500万円を預ければ3年据え置きで1割の利子をつけて返す」
「一口100万円。1年据え置きで利子1割という『枠』が出た。1口だけ」
「毎月1割の複利。ただし上限一口50万円でひとり3口まで。期間限定ナシ」

 いまどきメガバンクに500万円を3年預けても、利息は300円程度にしかならないというご時世だというのに、1600倍以上にあたる50万円もつけるという話は真っ当ではありません。さらに50万円を毎月1割の複利となると、1年後で160万、2年後に500万、3年後では1500万円と膨らみ、わずか5年で1億5000万円を越えるわけですから小学生が聞いたってウソ話です。
 それをあの手この手で10年余りの間に8回に分けて総額1500万円もN女に渡してしまったのですから常軌を逸しています。しかも同じ名目で資金を差し出した人たちが、彼女以外に少なくとも4人、農業サークルや料理教室を中心にいるというのです。エリナ女史の参加はむしろ遅く、その人たちの勧めもあって始めた――。

【犯罪ではないが半ば非合法という不思議】

 投資にはリスクはつきものだと言うと、投資ではないという。
「N女さんが勤めていた保険会社の顧問税理士グループが企業の節税対策として始めた仕事で、要するに企業活動をしているとどうしても出てくる余剰の利益を正当なものにするため、人からお金を借りたことにして、それに対して大きな利子を払うことで利益を削減する仕組。払った残りの利益が正当な企業の収益となるので人助けにもなるウィン=ウィンの活動。ただし誰でも参加できるというものではなく、エリナ先生だから話した」
と、そう言われた――。ほんとうに分かりにくい説明でしたが、精一杯あちら側に寄せるかたちで解釈するとそうなります。

「でもそれだと実際に金を渡す必要はなくて、書面上で貸したことにして利子だけもらえばいいじゃないですか」
 そう言いうと、
「そうですね」
と力なく返してきます。
「借用書などは揃っているのですか?」
と訊くと、
「そういうものは一切ない。これは犯罪ではないものの半ば非合法なので証拠は残したくないということでした」
 犯罪ではないが半ば非合法――その言い方にも深くため息をつきながら、私はようやく理解します。
 非現実的な利子だとか荒唐無稽な仕組だとかいったことはすべてどうでもよく、大切なのはエリナ女史たちにとってN女は絶対だということです。N女なら間違いない、この人は正しい、この人はいつも自分たちのことを最優先に考えてくれる、もしこの話に嘘があるとしたらN女も一緒に騙されているのであって、彼女もなんとか一緒に救い出さなくてはいけない、そういうレベルで話しているのです。

 そう言えばオウム真理教信者の大部分は麻原彰晃が空中浮遊をすると信じ、警察官が上九一色村の施設に突入したときもヒョイヒョイと宙を舞って逃げてしまうだろうと信じていたのです。選りによって高学歴の理系の人々がです。

【金を奪われるさまざまな条件】

 エリナ女史は長く親の介護に携わっていたこともあり、高齢化社会の問題には敏感でした。自身もやがて一人で老いていくことを考えると、高齢者を集めて休耕地と組み合わせ、何らかの事業を行おうするN女の試みは魅力的だったのかもしれません。
 竹細工の件でエリカ女史とN女を結び付けた私はほどなく異動してしまいましたが、その後エリカ女史はN女の活動にどんどんのめり込んでいったようです。
 暇を見つけては農業サークルの販売活動に協力したり料理教室の講師をしたり、別のときには学校の児童の体験活動で支援を受けたり材料や講師の手配をしてもらったり――、そしてその中から、“金を預けることで利子を生み出す仕組”への誘いを受けたのです。

「お互いに助け合うウィン=ウィンの仕組」
「誰にでも声をかけているわけではない」
「利子だけで家のリフォームをした人もいるし、娘さんの仕送りを全部賄っている人もいる」
「無理に参加することはない、先生の気が進まないなら他の人に回すだけ」

 エリナ女史が金を出し続けることには悪い条件がたくさんありました。

  • 独身でしかも慎ましい生活をしていましたから、すでにかなりの老後資金があった。
  • 家のリフォームなど大きな支出の予定はなく、逆に介護をしていた母親が亡くなれば遺産すら入ってくることにもなっていた。退職金もあてにできる。
  •  投資を始めとして手持ちの資金を増やすことにはまったく興味がなかった。しかしN女の活動には協力したい気持ちがあり、やがて自分が世話になる可能性も考えると、貯金を切り崩してまでの協力はできないものの、N女の勧めで増えた利子分くらいは全額寄付してもいと思っていた。
  • 自分の使う金ではないのでどのくらい増えているのか、実際にいつ手元に戻ってくるのか、真剣に考えたことがなく、確認もしなかった。任せておけば大丈夫だと思っていた。
  •  世話になっていることもあり、N女の勧めを無にすることには抵抗感があった。せっかく自分を選んでくれたのに簡単に袖にはできなかった。

 金を出すこと、貸すこと、見せびらかすことは、すべて相手より優位に立とうという行為です。エリカ女史にはそんな気持ちはさらさらなかったと思いますが、500万円・1千万円と自由に金を動かす様子は、相手に嫉妬心を起こさせても不思議はないでしょう。まさに「誉められたい・感謝されたい・すごいと言われたい」です。
 そして嫉妬心は、N女の罪の意識を削り取るのに大いに役立ったように思われます。

(この稿、続く)