「“結局最後は人間”というもどかしさ。だが仕方ない」~なぜあの子は車内で死ななければならなかったのか②

 父親の思い込みから発生した岸和田の女児置き去り死事件。
 最後の砦はクラス担任の欠席連絡だったはずだ。
 しかしなぜそれができなかったのか。
 そこにはおそらく相応の理由がある。
という話。(写真:フォトAC)

【欠席確認、ほんとうに忘れただけなのだろうか】

 中学校で欠席確認を怠ったばかりに、二度も危うい目に遭いそうになった私も、小学校に異動してからはそうした事故を起こしませんでした。なぜなら小学校の担任はほぼ一日中、自分のクラスに張り付いていますから、不在児童の確認連絡を忘れてもすぐに思い出せるからです。
 それは保育園も同じで、保育士の場合、小学校よりもさらに対応する子どもが少ないですから、よほどの錯誤がない限り、いないことに気づかないということはないはずです。
 ではなぜ岸和田の事件(*1)で、保育士は無断欠席のかたちになった児童の保護者に、確認電話をしなかったのでしょう。

 報道によると、連絡しようとしたところで別件が入り、それに気を取られているうちに電話をしたつもりになってしまった、ということですが、それでも一日保育をする中では幾度となく思い出す機会があったはずです。

 連絡したつもりになっていたと言っても、そうだとすれば欠席理由についても聞いているはずで、発熱したという話ならコロナを疑い、けがをしたと聞かされれば登園できないほどのケガとはどういうことかと心配し、旅行に出ていると言われれば「なんで事前に連絡しないの」と恨み節が頭に浮かぶ――と、何かしらの爪痕が残っているわけで、それがない不在児童というのはやはり不気味です。思い出さないはずがありません。
 もちろん保育士の日常はそうしたことを思い出せないほど忙しいと言われれば、その通りなのかもしれませんが。

【無断欠席をしても園から連絡の来ない場合がある】

 私が疑っているのは、欠席があっても連絡しないことが日常になっていたのではないかということです。
 昨日書いた私の例がまさにそれで、プチ家出の最中に鉄道警察に保護された中学生は病気がちで不登校気味で、しょっちゅう欠席をしていて、そのうちのいく度かは無断欠席になる。もちろん私は欠席確認の電話を入れるのですが、これがしばしば通じない。通じないとなると面倒になる。実際には欠席確認を怠った日でも何も起こらず、保護者からのクレームもない、そうなると、次第に懈怠が日常化する・・・。

 そこでネットを調べると、あるサイト(例えばmamasta )では、さまざまな保護者が「子供が欠席なのに連絡をよこさない保育園や幼稚園」について書き込みをしていますし、Twitter上にはハッシュタグの着いた討論の場があり、さらにTwitterの投票機能を使ってアンケートを実施した人までいました。
「無断欠席に確認のない園なんて信じられない」という立場から、「そんなことしてもらったことがない」まで意見はさまざまですが、アンケートの結果は「保育園を無断で休んだら、園から連絡が……あった」が70%に対して「なかった」は30%でした。3割は少なくない数値です。

papayaru.com


【忙しいと仕事が“怖い者順”になる】

 もちろん最初から「無断欠席にはいちいち対応しない」という園はないと思いますから、いつの間にかそうなったのでしょう。
 私のようにいくら電話をしても出てくれない場合もあれば、逆に職場に電話を入れられて怒る保護者だっているかもしれません。いまはスマホ・携帯時代ですから職場にかけなくてもいいような気もしますが、実際には勤務中の携帯使用が禁じられていたりロッカーに置いていくよう義務付けられていたりするところも多く、そうなるとメールも読んでもらえませんから昔ながらの“職場に電話”しかなくなります。それが迷惑なのです。
 
 園の方にはそれ以外にも事情があって、もともと多忙な上に数年前の「待機児童ゼロ」政策のために保育士が極端に不足し、一人ひとりの負担も増えていますから児童に対応しながらの電話連絡というのもかなり大変なのでしょう。
 溜まった仕事は重要度順から怖い者順に並び変えられ、連絡を怠れば激怒するような保護者には必ず電話をするとして、無断欠席の多い家庭への連絡は滞りがちになり、そういう家がクラスに数軒となると、普通のお宅への連絡も怠りがちになる、そんなところかもしれません。
 
 今回お子さんを亡くされたお宅が、無断欠席の多い家庭だと思っているわけではありません。何となくですが、連絡を小まめにする幼稚園・保育園とそうでない園では、園の個性よりも地域差がありそうな気がします。

【事故はなくせるか】

 理屈の上では、
「保護者全員が欠席連絡を怠らず、それでも人間のすることだからミスもあって、園からの確認電話があったら感謝の気持ちを持って対応する、そういうことが習慣づいていれば限りなく事故はゼロにできる」
ということになりますが、それは理想論です。多様性の時代ですから多様な家があります。

 ITによって事故を防ぐということも盛んに言われますが、最後の砦が担任による欠席確認となると限界があります。実際に牧之原のバス置き去り死事件では、通園バスに添乗した職員が児童の登園をコンピュータに打刻していたにもかかわらず、担任は確認せず(打刻前に確認してしまった)、コンピュータ上では登園しているのに教室にはいないという不合理に気づけなかったのです。
 “最後は人間”という状況はこれからもしばらく続くでしょう。そうなると現在のやり方を徹底するか、職員と保護者、職員と職員が、きちんとつながる新たな仕組みを作るしかないということになります。
(この稿、終了)

*1:保育園に預けたと思い込んだ父親が自家用車に放置して死なせた事件