「子どもの時間、大人の時間」~長さが違うから区切らなくてはいけない

今月が終われば今年度の半分が終わる。
子どもたちに意識させ、仕切り直しをさせよう。
子どもたちの時間は私たちよりはるかに長く、
だから細かく区切って意味付けしなくてはならないのだ。
という話。(写真:フォトAC)

【二分の一年度の話】

 ほぼ毎年9月の末に書いていることですが、今月が終わると平成4年度の半分が終了することになります。10月1日からは年度の後半が始まるわけです。「ほぼ毎年」書いているのは、現職教師として学級担任をしていたころも、ほぼ毎年子どもたちに同じことを言っていたからです。

「今日は9月の30日、明日からは10月だ。この、9月30日と10月1日はまったく違う。なぜかわかるかい?
 4月に新年度が始まって4・5・6・7・8・9と、つまり6カ月が経った今日が今年度前半の最終日で、明日から今年度の後半が始まる、そういう分かれ目だからだ。1年生にしろ2年生にしろ3年生にしろ、それぞれが学年の折り返し点。特に2年生にとっては今日が中学校生活そのものの折り返し点というわけだ。さて、キミたちはその学年にふさわしい生徒になっているかい? いくら何でも前の学年を引きずっていないよね。
 明日からの半年は次の学年に進むための準備期間だ。じっと胸に手をあて、自分が今、どんな状況にあるか考えてごらん。そしてまだ今の学年にふさわしく育っていないと感じたら急ぐことだ。
 周りを見てごらん。もしかしたら隣りに、キミよりははるかに大人っぽくなった友だちがいるかもしれない。遅れてはいけない。あとからついて行くのはかまわないが、どんどん引き離されるのはやはりつらいよ。もう一度、自分と自分の周辺を見て、じっくり考え、歩み出そう。今日はそういう日だ」
といった調子です。

【子どもの時間、大人の時間】

 二十代の始めのころ、少し年上の人から、
「今がいい時期で25歳を過ぎると時間は半分になるよ。そして30歳を過ぎるとそれがまた半分になるのだ」
と言われたことがあります。半分、あるいは半分の半分というのは正しいかどうか分かりませんが、極端に短くなるというのはその通りでした。

 なぜ時間は縮むのか。それについて私は、
「1年間という時間は、主観的にはその人の生きてきた年数分の1だからだ」
と仮説を立てたことがあります。
 60歳の人にとっての1年は人生の60分の1だが、20歳の人にとっては20分の1でしかない、だから還暦の人の1年は二十歳の人の3分の1しかない、という意味です。

 もちろんこれだと“25歳で時間が突然半分になる”という感覚は説明できませんが、経験が生活を単純にし、見通しをつけやすくするので1年が短くなる、そういう現象を大まかに感じさせるに都合いい考え方だと思います。
 
 親が「受験までもう半年しかない」と焦っているのに、子の方は「まだ半年もある」と余裕をかましているズレは、こうして生まれるのです。したがって長い長い子どもの1年は、もっと細かく区切ってやる必要があります。

【よくできた日本の学校と意味付け】

 暦と会計年度に3カ月のずれがあり、夏休みを挟んで4月から12月の部分を二つに分け、全体を三分割して1学期・2学期・3学期と名づける現在の学校の在り方は、その意味で実によくできています。そしてそのつど始業式と終業式を行って気分を変える。あとは私たちがその制度に意味づけるだけです。
「1学期はどんなことにがんばりたい?」
「2学期の目標は何?」
 そんなふうにしていかないと、子どもの意識は保てないのです。

 それでも足りなければ、私がやったように9月と10月の間に切れ目を入れたり、誕生日に気持ちを切り替えさせたり、さらに必要なら節分に豆を撒いて邪を払ったり、ハロウィンにオバケよりさらに怖いオバケの扮装をして悪魔祓いをしたりと、できることはまだまだありそうです。