「学校は人生の引き出しを山ほど用意してくれる」~早すぎる人生の頂点、第二の人生の始め方

世の中にはあまりにも早い時期に頂点を迎えてしまう人がいる。
しかし生きている限り、それで終わりにするわけにはいかない。
人より早く第二の人生を始めた人たちは、何を手掛かりに再出発したのか。
という話。(写真:フォトAC)

【早すぎる人生の頂点、早すぎる下山】 

 先月25日、NHKで放送された単発の番組「その後の人生 聞かせてください」はとても興味深い番組でした。
 出演者は柔道の金メダリスト松本薫さん、元阪神タイガースの奥村武博さん、そして元アイドルグループの遠藤舞さん。その三人から話を聞くのがV6の井ノ原快彦さんです。
 柔道の松本さんを知らない人はそうはいないと思いますが、奥村さんや遠藤さんについては、その世界に詳しい人でなければ記憶に薄いと思います。つまりこの番組は、「あの人は今」といった視聴者の好奇心に訴えるものではないのです。

 三人にはいくつかの共通点がありました。
 ひとつはかなり若い時期にその世界の頂点に立ったことがある、ということです。オリンピックの金メダルはもちろんですが、ドラフト会議で選考されてタイガースに入団する、アイドルグループのセンターに立つといえば、望んでも簡単に手に入るものではありません。彼らはあまりにも早く欲しいものを手に入れてしまったのです。

 第二の共通点はその頂点に立つまで、あるいは頂点にいる際中、彼らが必ずしも得意の絶頂で満足していたわけではないということです。
 松本さんにとって柔道は常に「やらなきゃ、やらなきゃ」という強迫観念に満ちた世界でしたし、ドラフト会議で選出され高校の体育館で全校のスタンディング・オーベーションを受けた奥村さんはタイガースで4年間、鳴かず飛ばずのまま、やがて戦力外通告を受けることになります。
 物静かで自信のない子といった印象を払しょくしようと飛び込んだ芸能界でアイドリングのセンターに君臨しながら、最後まで喜びも達成感もなく、やがて若い娘たちにスポットライトが移っていくのを眺めることになった遠藤さんも、20代でアイドル業界に見切りをつけます。

【早すぎる第二の人生の送り方】

 三番目の共通点は最初の人生で頂点に立ったのち、引退して選んだ現在の人生にとても満足しているという点です。

 松本薫さんは引退会見の席で「アイスクリームを作りま~す」とにこやかに言って実際に専門店の社員になります。彼女ほどの名前があれば資金を出してくれる人や銀行はいくらでもあったはずなのに、一新入社員としてアイスクリームの勉強を基礎から始め、今も社員のままです。偉いですね。
 柔道選手だった頃は毎日が「やらなきゃ、やらなきゃ」だったのが今は「やりたい、やりたい、やりたい」の連続だと笑います。

 芸能界を離れた遠藤舞さんはいったん企業で経理の仕事に就きます。
「20代の後半で周囲を見回したら、かつての同級生たちはみな真っ当な道を歩んでいた、自分だけが道を踏み外したのかもしれない」
 そう感じて “真っ当な道”な道に自分を乗せてみたのかもしれません。そして外から見直した芸能界に、今度はボイス・トレーナーとして戻ってきます。かつて自分がやっていたような、振り付けを意識したボイス・トレーニングのできる専門家は少ないのだそうです。

 球団をクビになった奥村さんのその後は単純なものではありませんでした。大活躍の上で引退した選手ならともかく、何も実績を残さずに引退した奥村さんにとって“元プロ野球選手”は重荷でこそあれ誇りではなかったのです。
 より高い収入を求めて職を転々とし、鬱屈した日々が数年続きます。そんな折、引退後に知り合った女性(のちの配偶者)から「資格ガイド」の本を見せられ、パラパラとページをめくるうちに「公認会計士」のページで手が止まります。「簿記」という記述があったからです。
 岐阜県立土岐商業高等学校の出身で、在籍当時、野球部では日商簿記検定2級に合格することが公式戦出場の条件になっていたため、必死に勉強した記憶があったのです。

「簿記ならやったことある、知らない世界じゃない」
 それがきっかけで公認会計士を目指しましたが、思ったほど甘い世界ではなく、結局9年かかって合格し現在はさまざまな場で活躍しています。

【願いがかなう悲劇と人生の伏線回収】

 私はこの番組でいくつかのことを学びました。
「人生には二つの悲劇がある一つは願いが達せられないこと、もう一つはそれが達せられること」
 そう言ったのは劇作家のバーナード・ショウですが、三人はあまりにも早く目標を達成してしまいました。目標に再設定が必要な場合があるなど考える暇もなく、第二の人生の選択に迫られたのです。

 しかし三人ほどのダイナミックな変化でなくても、私たちの日常は常に、小さな目標の再設定が潜んでいます。
「この目標が達成されてしまったら次はどうしよう、達成できなかったら次のステップをどうしよう」
 そういったことは常に意識して行うべきなのだと、それが最初の学びです。

 第二は、三人の出演者が口を揃えて言っていたことですが、「人生は伏線回収の繰り返し」だということです。
 子どものころからやってきたこと、学んできたこと、考えてきたことのすべてが現在に繋がっている、だから日々をおろそかにしてはいけないといいうことです。

【学校は人生の引き出しを山ほど用意してくれところ】

 三番目の学びとして、私は奥村さんの「簿記ならやったことある、知らない世界じゃない」に気持ちが魅かれます。人生の伏線回収のひとつでしょうが、どんな小さな経験でも、「やったことがある」は大きな足掛かりになるだろうと思うのです。
 私の娘のシーナはひところ登山に夢中になりました。それは中学生の時に学校登山をした経験があったからです。
「いちど登った山だから今でも登れるだろう」
 そう思えたのは当然のことです。

 いちど滑ったことのあるスキーだから今でも滑れるだろう、粘土細工は小学校時代に夢中で取り組んで先生にも誉められたから今でもうまいんじゃないか? リコーダーはさんざん練習させられたからクラリネットくらいできるだろう。元水泳部、老後の体力維持はスイミングだな--。

 そう考えると、本の学校は人生の選択の引き出しを山ほど用意してくれところだということが分かってきます。