「第三次世界大戦直前かもしれないというのに私は惰眠に耽っている」~齢は取りたくないものだという愚痴話 

 暖かな日差しの中で、今日も私は眠い。
 遠いウクライナでは人々が戦火をかいくぐって逃げまどい、
 ロシアではやがて訪れる経済破綻の予感に市民が怯え上がっているというのに、
 年寄りにはできることが何もないじゃないか。
という愚痴。

f:id:kite-cafe:20220313163538j:plain(写真:フォトAC)

【今は特に眠い】

 30歳を過ぎてからずいぶんな早起きで、いまも4時半には目を覚まして活動しています。日中、日差しのある時間に眠くなることはなく、ああ日本人に生まれてよかった、午睡のある国に生まれていたら昼の時間をずいぶん持て余していただろうとか思っていたのですが、ここにきて日中暖かな日が続き、深く差し込んでいる日差しに当たっていると、トロトロと意識が遠のいて、特に昼食後などはそのまま眠ってしまいそうになるときがあります。

 保育園でお昼寝の時間を過ごして以来60年以上も日中に眠る習慣がなかったのに、この歳になってやたら眠くなる――もしかしたらこんなふうに睡眠時間が長くなり、やがて午睡から永眠ということになるのかもしれません。

春眠暁を覚えず 処々に啼鳥(ていちょう)を聞く
(春の眠りは気持ちよく、あちこちに鳥のさえずりを聞いている)

 作者の孟浩然は科挙に合格せず、せっかく世話をしてくれる人があってもいい加減な態度で仕事を棒に振るので、いつまでも浪人を続けていた、朝廷という言葉があるように政治は午前中に行われるのが習わしで、浪人のくせに「春眠暁を覚えず」などと呑気なことを言っているのはロクな奴ではないと、高校の先生から教えられました。
「だからキミたちは大学受験に失敗しても、春眠を貪ってはいけないよ」
 そんなことを言いたかったのかもしれません。しかし8世紀の浪人も20世紀の浪人も似たようなもので、浪人時代を含め、学生の間は私も宵っ張りの朝寝坊な生活でした。
――と、私は今、非常に呑気なことを書いている自分を深く恥じております。

【結局、お前は何もしない】

 私が惰眠をむさぼっている今この時間を、ウクライナでは無辜の人々が砲弾をかいくぐって逃げ回っている――そう考えることの何とも言えない居心地の悪さ。
「だったらお前もなにかしろよ」
「そんなこと言ったって、何もできないじゃねぇか」
「いろいろ言ったところで、結局、惰眠をむさぼっているだけでしょ」
「どうせお前になんか何もできないって!」
「やる気もないのに、つべこべ言うな」
 誰もそんなことは言わないのに、ひとりでツッコんで傷を負っています。

 今はウクライナが一方的になぶられていますが、これだけの経済制裁が行き渡れば数か月後のロシアも惨憺たる状況に追い込まれることは明らかです。ロシアから撤退した企業の資産はすべて接収するとプーチン氏は言っていますが、現在、絶賛売り尽くし中のユニクロなど、接収したところで「在庫がなくなりましたから至急、商品を送ってください」などと東京に電話できるはずもありません。
 世界の経済・金融システムから切り離され、サプライチェーンを断たれ状況で、ロシアに生きる道はありません。頼みの中国も、そこまで面倒は見てくれないでしょう。しかしそこでも苦労するのは市民たちです。

【歳は取りたくないものだ】

 そう言えば新疆ウイグルや香港、ミャンマーがテレビニュースの話題にならなくなってからずいぶん経ちます。私も忘れていた。
 私がユニセフの職員だったら、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)職員だったら、あるいはどこかの難民支援組織のメンバーだったら、もっと手ごたえのある何かができたのではないか。さらにあるいは、せめて今も現場の教師なら、今回のウクライナには間に合わないにしても、将来の平和の戦士を育てることができたのではないのか――と、ホゾを噛むような気持で思いながら、しかし具体的なことは何もしないのです。

 歳は取りたくないものだと、いま初めて思っています。