「追儺(ついな)とコロナ」~今年こそ真面目に豆まきをしよう 

 間もなく節分 豆を撒いて邪を払う日だ。
 毎年いやいやながらやっているものの
 新型コロナの元での三回目
 今年は真面目に豆まきをしようと思った

という話。f:id:kite-cafe:20220130155420j:plain(写真:SuperT)

【早くも豆まきの準備】

 昨日、台所のテーブルを見たら節分の豆が置いてありました(上の写真)。妻はこういうことにはしっかりしていて、毎年、豆を買うことを忘れません。しかし困ったことに、自分から進んで撒こうという気持ちはさらさらないのです。

 一緒にやろうというと、
「ヤダァ、そんなみっともないことォ・・・」
ということで、必然的にその「みっともない」仕事は私の担当ということになります。

 もちろん子どもが小さな時代は良かったのです。娘のシーナも息子のアキュラもこういうことには積極的で、大声をはばかることもありませんでした。アキュラなどは4~5歳のころ、私が鬼の面をかぶって庭から回り込み、いきなり目の前に現れて「ガオーッ」と脅かすと、全身凍りついて腕だけが動く「自動豆まき機」みたいになってしまい、それだけでも家族全体が和んだものでした。
(な~んだ、お父しゃんかァ・・・)

 しかしこの歳になって一人で叫ぶ「鬼は外」は、かなり気恥しい。近所から同様の声がまったく聞こえてこないことも合わせると、何となく空恐ろしい気持ちにもなってきます。

追儺(ついな)とコロナ】

 節分の豆まきの源流は、平安時代の宮中の「追儺」にあると言われています。元は大みそかの行事で、陰陽師の祭祀のあと、女官たちが大声で囃し立てて無形の鬼を追い、廷臣たちも弓で藁の矢を放って背後から追撃したのです。
 ワーワー、ギャーギャーと追い立てて、最後は門から外へ鬼たちを押し出し、鼓の音とともに門扉が閉じられる、それでおしまい。そんな、邪がいるのに無邪気な、貴族のお祭りが元だったのです。

 ただ、無邪気といっても根底には共有される恐怖心がありました。
 平安貴族にとっては、自分たちに禍(わざわい)をなすものすべてが「鬼」でした。台風も雷も疫病も権力の危機も、みな「鬼」のなせる業でしたか、そう考えると「鬼」に対する恐怖心にはただならぬものがあったのでしょう。

 現代における新型コロナ禍も、いつまでも解決の見通しがつかないという意味では「鬼」に近いものがあります。科学がその手で捕らえようとしても巧みに擦り抜け、ひとに災いするからです。
 ですから今年の節分は、大真面目で盛大に、豆を撒こうといま思い直しました。