「精神の病、罪と罰の対応がわからなくなった」~大口病院点滴中毒死事件の判決で考えたこと① 

 いわゆる「大口病院連続点滴中毒死事件」の判決が出た。
 心神耗弱を考慮しての無期懲役だそうだが、
 精神の病と、罪と罰の関係がわからなくなった。
 誰の、何が問われているのか。
 
という話。 

f:id:kite-cafe:20211110071118j:plain(「横浜地裁 」写真:フォトAC)


【旧大口病院連続点滴中毒死事件判決】

 昨日のニュースに、「点滴に消毒液 3人殺害の罪 元看護師に無期懲役の判決 横浜地裁」(2021.11.09 NHK)というのがありました。
 記事によると、
 横浜市の病院で入院患者3人の点滴に消毒液を混入して殺害した罪などに問われている元看護師に対し、横浜地方裁判所は「病院の業務にあたる中でうつ状態になり短絡的に犯行を繰り返したが、更生の可能性があり死刑を選択するのはちゅうちょせざるをえない」と述べ死刑の求刑に対し、無期懲役の判決を言い渡しました。
 横浜市神奈川区の旧「大口病院」の元看護師、久保木愛弓被告(34)は、5年前の2016年9月、70代から80代の入院患者3人の点滴に消毒液を混入し、殺害した罪などに問われました。
ということです。

 一説には20人以上殺したと言われ、本人も40人以上かもしれないと証言したことのある大量殺人に「無期懲役」の判決が下るというのは驚きですが、裁判長は判決の中で起訴された内容について認定したうえ、争点となっていた被告の当時の精神状態について、
「『ASD自閉スペクトラム症』の特性を有し、うつ状態と認められるが、完全責任能力が認められる」
と述べたのだそうです。
 

【クラスでときどき見かける子】

 私はこの事件に特に興味があったわけではありませんが、日本では珍しい大量殺人であることや容疑者が女性であること、そしてニュースに動画で登場する彼女の容姿・表情になんとなく記憶があるようで、それとなく気にしていました。
「何となく記憶がある」というのは、長く教師をしているとたびたび出会う、ある種の子どもとよく似ていたということです。

 いつもオドオドしていて表情に輝きがない。喜怒哀楽がはっきりしないで何を考えているのか分からない。少なくとも楽しそうではない。自信なさげで自己主張することもなく、常に人のあとについて行く――。
 担任教師としてはいつも気になって目の隅に留めているのですが、悪いこともせず、どうやらいじめられている様子もなく、きっかけがないので指導の手が伸びない――そんな子です。
 教師はよく自嘲的に「良い子はどうでもよい子」などと言いますが、それは優秀すぎて放ったらかしになってしまう子たちのことで、いま説明している子は別です。とにかく目立たず、教師だけが仕事だから注視している、そんな子。とてもではありませんが大量殺人とは印象が合わない――こんな子が40人以上も殺しているとしたら、私たちは自信をもって教育などできなくなってしまいます。
 

心神耗弱の可能性】

 実はつい昨日届いたばかりの月刊「文芸春秋」に、『点滴不審死48人 殺人看護師の精神鑑定「自分でも止められない」鑑定医が明かす深層心理とは?』という記事がありました。
 それによると被告は事件の2年前の2014年4月にうつ病と診断され、その後休職しています。
 恐らくここが、統合失調症における「屈曲点」です。(中略)うつ病統合失調症はそれぞれ別の疾患ですが、統合失調症の前駆症状として、うつ病うつ状態が見られることは稀ではありません。精神医学の世界では「若年者ではうつ病のように見えても、統合失調症を疑え」と教わります。

 被告は逮捕後の精神鑑定時にも統合失調症に対する抗精神病薬を服用していて、鑑定のため服用を中止したところ、わずか3週間で統合失調症の激しい症状を見せていたのです。そこから犯行時、強いうつ状態統合失調症に支配され、正常な判断ができなかったと判断された、つまり弁護士の主張する心神耗弱が認められたわけです。
 

【やはり理解できない】

 少なくとも3人殺したことは確実で、40人以上も殺したかもしれない被告が死刑判決を受けずに済んだ事情は大まかに分かりました。
 しかし私にはしっくりこないというか、どうにもピンとこない感覚が残ります。死刑にすべきだというのではなく、例えばつい最近判決のあった「神戸5人殺傷事件」の被告が心神喪失を理由に無罪になったことや、「相模原障害者施設殺傷事件」の植松聖が死刑判決を受けて確定したことなどとの、整合性が取れない気がするのです。

 前述の文芸春秋にはこんな表現があります。
 精神疾患を巡る世の中の流れも変わってきました。1990年代くらいまでは、統合失調症の診断がついた時点で、心神喪失心神耗弱とみなされ減刑になっていました。
 ですが、世間の懲罰感情も高まってきています。「凶悪犯に極刑を与えないとは何事だ」との声も大きくなってきた。最近は、犯行時に幻覚妄想状態に陥っていても、死刑やそれに近い判決が出る事例が多くなっています。特に今回のような社会的に注目を浴びた事件では顕著です。


 私は精神疾患を理由に無罪になるには非常に高い壁があると感じています。「相模原事件」の植松聖など、どう見たって正常な感じはしないのに情状にはなりませんでした。逆に今回の元看護士の場合は、逮捕前のVTRを見る限り、ずっと正常な感じに見えるのです。
うつ状態と認められるが、完全責任能力が認められる
というのもよくわかりません。

(この稿、続く)