「毎朝いい話をする、愛の話をする」~魔の11月をどうしのぐか⑤

 「魔の~」といわれる6月・11月・2月。
 これといって大きな行事がなく、落ち着いて話せる時期、
 子どもに対して行うべきは、「毎朝いい話をする、愛の話をする」ことだ、
 私はそう教えられてきた。

という話。 

f:id:kite-cafe:20211109072000j:plain(写真:フォトAC)

 

【毎朝、いい話・ためになる話をしなさい】

 今から40年ほど前、私は新規採用で中学1年生の担任になり、わずか一カ月で学級崩壊を起こしてそのまま2年11カ月、つまり卒業させるまで担任を続けるという、地獄のような体験をしています。
 生徒総数1250余りという大校で教職員も57人もいましたから、そうなるとあちこちからアドバイスの声が上がります。中には「力で制圧しろ」みたいな、向いている人はいいでしょうが私にはまったく合わないものもあれば、具体的で些細な、しかしやってみるとかなり有効なものまで、ほんとうにさまざまでした。
 その中で特に役立ったのが、「毎朝、いい話をしなさい」というものです。

「中学の担任なんてさ、学級経営をしろといわれているのに本当に生徒に会わない。美術や音楽の先生なんて授業は教科と特活(特別活動)と道徳と、週に4時間くらいしかないんだぜ(当時は「総合的な学習の時間」もなかった)。あとは朝夕の会、給食中のおしゃべりだけだ。
 もちろん飯を食いながらきちんとした話なんてできないし、帰りの会は子どもたちの頭が部活に行っちゃっているからこれまた集中できない。学級指導をやろうとしたら朝の会しかないのだ。奴らがボーっとまだ半分眠っていて、催眠療法睡眠学習のようにものごとがスイスイと入っていきそうな時間に、毎朝、いい話、ためになる話をするといいよ。うまくすればクラスはきっと落ち着いていく」


 すでにクラスが崩れ切っていて、朝ですら話を聞けない子がたくさんいたので、そう簡単に「落ち着いていく」というふうにはなりませんでしたが、それでも私は3年11カ月、「いい話」をしようとつとめました。そしてその崩壊学級を卒業させたのちも、新しい学校で学級担任をしている間じゅう、習慣として続けたのです。
 管理職になってからは先生方に文書の形で語りかけ、退職してからはどこかの誰に対して、こうしてブログで続けているのです。
 

【私はこうしてきた】

 もちろん「毎朝、いい話をする」というは大変なことで、いつでも語り掛ける内容を考えていなくてはなりません。
 むかし誰かから教わったこと、子どもの頃の思い出、前の日にテレビで見て考えたこと、新しく得た知識、歳時記、「今日は何の日」的な話題、尊敬する人の話、ちょっと面白いと思った話、ちょっといい話・・・そういったことをいつも考えているのです。
 その中でも特に有効だったのは、昨日までお話ししてきた「何のために勉強するのか」「特別活動は何の役に立つのか」「何のために生きるのか」といった内容の話です。
 「家族をどう考えるか」「世の中はどんなふうに動いているのか」「これからの世界はどんなふうになって行きそうなのか」・・・いま考えると、子ども相手でも話題は尽きなかったのかもしれません(本当は困ることもあった)。

 こころしていたのは説教臭くならないこと、子どもを良くするために話すという姿勢でないこと、いっしょに知識や知恵を楽しもうという態度であること、「私はこう考えた」という言い方をしても「こうしなさい」とはならないこと、など。
 また、クラスの生徒の素晴らしい行いや態度について、誰かが紹介しないと気づいてもらえないときに話すことはあっても、みんなの前で賞賛するという意味では離さないようにしていました。
 全員の前で一人の子を誉めてもほとんどの子どもは案外しらけているものです。誉められた本人は喜ぶ場合も少なくないのですが、中3くらいのちょっと気の利いた子どもだと「先生、やめてくれ、オレが浮いてしまう」くらい言い出しかねません。もちろんそれが正しい判断です。

 魔の6月・11月・2月はもともと落ち着いて学習のできる月でした。こういう時こそ、大上段に振りかぶった、人生や愛や人間のことを語るべきでしょう。子どもたちは、実はタメになる話が大好きなのです。
 うまくすればクラスはきっと落ち着いていく――
 

【愛の話をする】

 話を少し戻しますが、学級を崩壊させたあとでいただいたアドバイスの中に、
「毎日、放課後、生徒の机を磨きなさい」
というのがありました。困った子の机は特に丁寧に磨き、「お前が大好き」「お前が大事」と繰り返し唱えなさいというのです。
 まるっきり荒唐無稽みたいですが、私はほんとうに困っていましたからその通り――しました。もちろん効能は自己暗示です。
 困っているときに、困っている子に向けて、困った顔をしても埒が開かないのです。逆に子どもが大好きだという自己暗示は言葉や表情となって表に現れ、子どもたちとの人間関係を豊かにします。

 「毎朝、いい話をしなさい」と言っても、相手が小学校の1~2年生だと伝わる話も多くはありません。彼らに語るべきは知識や知恵ではなく、たぶん“愛”なのです。担任である私は「キミたちのことが大好きだ」「可愛くてしょうがない」「キミたちが大きく育っていくことを心から喜んでいる」・・・そういったことを言葉と態度で伝えていく、例えば子どもとたくさん遊ぶ――担任がその気になって「子どもたちが大好きだ」と伝えれば、子どもたちも先生のことが好きになります。そして大好きな先生を悲しませるようなことは絶対にしなくなるのです(しても反省できます)。

 正直を申しますと、いま書いた低学年の部分は私が最も苦手とするところで、うまくやり遂げた記憶がありません。しかし低学年の担任をしておられる優秀な先生方の姿を見ると、ほぼそれが共通点でした。私は苦手でしたが、まず確実で、正しいことです。

(この稿、終了)