カイト・カフェ

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「AIがハラスメント加害を回避させてくれる」~女子社員を腫れ物扱いせずに済む日が来る

 ある正義をきちんと守ることが、別の不正義を生み出すことがある。
 ハラスメントを回避しようとする誠実な態度が、
 若い部下や女子社員を、仕事の中枢から遠ざけることになっていないか。
 そんな不安が、一気になくなる日が来るかもしれない。

という話。

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(写真:フォトAC)
 


分煙のコストとリスク】

 私がまだ喫煙者で、しかも学校の禁煙運動が始まって間もない頃ですからたぶん30年くらい前の話です。

 当時勤務していた学校は校長・教頭・教務主任の三役が全員喫煙者で、別に示し合わせたわけではないのですが、男子更衣室の一角につくられた喫煙場所に、自然と集まることが多くなっていました。学校の日課だと始業前とか2時間目あとの20分休みだとか、喫煙場所に行くことのできる時間が決まっていたからです。
 そこで話し合われる中身は下っ端の私にはたいへん勉強になるもので、楽しみですらありました。県教委の指示だとか市教委の様子だとかは、秘密でなくても耳に入って来ることは稀だったからです。

 ところがある日、同じ学年主任で教務会のメンバーでもある女性教諭と廊下ですれ違ったらえらくご立腹で、こう言うのです。
「この学校、大事なことはみんなタバコ部屋で決まっちゃうじゃない!」
 これにはびっくりしました。
 私たちにはそんなつもりはなかったのですが、雑談まじりに話しているうちに、「ああ、それいいね」みたいな軽さで、校務の駒を一歩も二歩も進めてしまっていたのです。校長も教頭も私たちに話してしまうと大勢に話したような気分になってしまい、たいせつなことが周知されないということもありました。

 結局そのために喫煙室では学校運営の話は控えようということになり、しかし管理職の頭の中はそればかりですから、避けようとすれば避けようとするほど取って付けたような会話になってしまい、とても変な感じでした。
 分煙は大事です。しかしそのためのコストやリスクにも気を配っておかなくてはなりません。
 
 

【心に刺さったインタビュー】

 「タバコ部屋会議」は敷地内全面禁煙が徹底され、喫煙者が激減するまでの過渡的なできごとでした。その間に校内の愛煙家は激減し、私自身も重い病気をしてタバコをやめてしまったのですっかり忘れていたのですが、つい一カ月ほど前、テレビのバラエティ番組で考えさせられる場面があって、それで思い出したのです。

 番組ではまず、スーツ姿の若い女性にマイクが向けられ、今年4月の新入社員であることが紹介されます。そこでスタッフが、
「実際、入社されてみてどうですか」
と水を向けると、
「何かすごく、上司の方とかは、『これ言ったら今はパワハラになっちゃうからね』という感じで、(内容は)言いはしないんですけど、『こういうことを言うとセクハラみたいになっちゃうからね』とか、何か、すごく気を使っている感じがします」
 そんなふうに答えていました。

 続いてインタビューに答えたのは焼き肉店の店主です。
「ウチは男社員ばっかりなんですよ。そして(バイトの)女の子が大学生女子ばっかり。で、決まりごとは『しゃべりかけない』『触らない』『誘わない』っていう社内ルールがあります」

 しかしこれだとハラスメントを受けやすい人たち、特に若い女性は、仕事の中枢や人間関係から遠ざけられかねません。

 私のタバコ部屋の例と同じで、基本的には過渡期問題なのですが、これがやがてどういった地点に落ち着いていくのか、どう頭をひねっても想像がつかず、考え込んでしまいました。
 
 

【「(仕事に関すること以外で)しゃべりかけない」「触らない」「誘わない」】

 新入社員相手でなくても、新たな人間関係がつくられようとするとき、少し緊張して用心深く接近するのは今も昔も同じです。
 インタビューを受けた女性の上司の、
「これを言ったら今はパワハラになっちゃうからね」
も、おそらくは探りを入れているのであって、どのくらいまで深入りしたら拒否反応を起こすか、ゆっくり確認してから心を許そうということなのでしょう。

 一昔前ならそれでよかったし、時間をかけて双方の妥協点を見つけ、その範囲でコミュニケーションをとればよかったのです。しかし今でもそれが通用するとは限りません。
 上司の方が妥協点だと考えた位置が、実は「上司=部下」関係の中で強制されたものだという可能性も大いに考えられるからです。

 けれどそうなるとあとは焼き肉店のやり方をマネするしかありません。まったくしゃべらないわけにもいかないので、
「仕事に関すること以外でしゃべりかけない「触らない」「誘わない」
 これが徹底されればハラスメント問題は起きませんし、もし起これば社内規定違反として処分すればいいだけのことです。「触らない」は当然ですが「しゃべりかけない」も入っていますから、あとは目つきのハラスメントくらいしか残っていません。まず大丈夫でしょう。

 けれど実際問題として、こんな規定を守らせ切ることができるのでしょうか?
 
 

【その正義をみんなが誠実に守ったら、私たちは幸せになるのか】

 おそらくそれは可能です。可能な状況があります。
 例えばリモート会議を中心にするだけで「触らない」はすぐに実現します。「(仕事に関する話以外で)しゃべりかけない」「誘わない」も、画像や音声データをAIに管理させることでできます。いわばAIがイエローカードを出すわけです。

 リモートワークで対応できない部分については、社内に置いたたくさんのカメラやマイクで拾えるデータを、AIに解析させ、本人や上司に通知すればいいだけす。

 永遠に続ける必要はありません。私たちが意識せずとも、パワハラ・セクハラにあたる言動をしなくて済むような話法・行動様式を身につけるまでのことです。
 あれほど難しいと考えられていた敷地内禁煙ですら達成できたのです。10年もあればことたりるでしょう。
 イエローカードを出してくれるから、それに従って自己を管理すればいいのです。

 「(仕事に関すること以外で)しゃべりかけない」「触らない」「誘わない」

 あとは、この正義をみんなが誠実に守ったら、私たちは幸せになるのかという問題だけが残ります。