カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「ウシの話をしよう」~歳の初めに子どもたちに話すこと②

 年頭の担任講話をどう進めるか。
 どうしてもアイデアがなければ、
 蘊蓄を語り、もって児童生徒の興味関心を引き出した――と、
 その程度の時があっても仕方がないな。

という話。

f:id:kite-cafe:20210107072348j:plain(写真:フォトAC)

【蹄(ひづめ)の話】

 動物としてのウシについてお話しします。

 哺乳類の分類の仕方に、蹄のあるものとそうでないものという分け方があります。蹄のある方を有蹄類(ゆうているい)と言います。
 蹄は爪の変化したものですから最初は5本くらいあったと思うのですが、次第に収れんして、現在は1本だったり2本だったり、3本だったりします。例えばウマは足の第三指が発達してあとは退化したため、蹄は各足1本ということになっています。

 ウマは1本、カバやイノシシ、ラクダ、キリン、ヤギ、シカなどは2本、サイでは3本、バクは前脚が4本、後脚が3本となっています。
 10年ほど前に「口蹄疫」という家畜の病気について調べたとき、蹄の写真を集めておいたので改めてここに載せます。

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 それぞれウシ(左上)、ウマ(右上)、キリン(左下)、マレー・バク(右下)だそうです。
(参考)kite-cafe.hatenablog.com

【鯨偶蹄目:クジラとウシが親戚】

 蹄が奇数のものは有蹄類の奇蹄目に分類され、偶数(2本)のものはかつて偶蹄目と分けられていました。ところが驚いたことに、DNA検査の結果でクジラとカバが非常に近い関係にあることが分かり、ウシはカバと親戚ですからこれらはすべてひとまとめにされ、現在では鯨偶蹄目(くじらぐうていもく)をつくってそこに一括されるようになっています。ウマやサイに対抗するのがクジラとウシというのは何ともピンときませんが――。

 ただしかつての偶蹄目の代表をウシ、クジラ目の代表をクジラ(これは当たり前か)と考えると、ある共通点が浮かんできます。とにかくからだのほとんどの部位が人間の役に立つという点です。

 クジラ肉は新鮮なままだと食べにくいという特徴も含めて有益な保存食ですし、その体の脂は石けんに、脳油は機械油として、肝臓からは肝油を採り、軟骨はフィルム原料、髭は釣り竿の先といった具合に利用価値は多岐にわたります。 19世紀後半のヨーロッパで女性たちがふんわりと広げていたスカート、あの中には鳥かごのような構造物(クリノリン)が入っていましたが、大部分は弾力性のあるクジラの髭でつくられたものでした。

 ウシも負けじと利用価値の高い動物です。
 肉はヒレだのバラだの細かく分類され、それぞれふさわしい食べ方がされます。ロースなどは上ロース、中ロース、並ロースと三種類に分けられ、そのうちのひとつを選ぶことを三択ロースと言うようです(ウソです)。
 *このジョークは20年ほど前の私の完全なオリジナルですが、つい先日テレビで芸人が使っていたのでイラっとしています。まあ、誰だって考えつくことですが。

 食用としては肉だけでなく、その乳も利用される点で他の家畜の追従を許しません。チーズやバターなどの加工品を含めると、ほんとうに人類にはなくてはならない生き物といえます。

 革はベルトやら靴やらコートやらと、あらゆる場所に使われます。しかしウシの利用価値の最大のものは、やはり労力として使えることでしょう。農耕用、運搬用、そして平安時代は牛車の動力としても使われました。
 またウシが生み出す大量の糞は今でも肥料として重宝がられています。私も毎年使っています。

 ウシは日本の「角突き」やスペインの闘牛のような娯楽にも使われ、インドのヒンドゥー教では信仰の対象とさえなっています。そのくらい人間に身近な存在なのです。

【ウシの味覚は人間の 4~5倍】

 スペインの闘牛で思い出したのですが、小学生の頃、
「牛は色の見分けができないいわゆる色盲なので、闘牛士の持つ布で興奮するのは、それが赤色だからではなく、ひらひらと目障りだからだ」
と聞いて以来、
「牛になった人は誰もいないのに、なんで牛が色盲だなんてわかるんだ?」
が、数十年に渡っての私の悩みとなっていました。

 大人になって、それもずいぶん齢を食ってから知りました。答えは、
「解剖の結果、ウシの目には明るい場所で色を認識する錐体細胞(紡錘形の細胞)がないことが分かっている」
でした。
 同様に、
「牛の舌には味を感じる器官(=味蕾〈みらい〉)が20000~25000個ほどあるが、それは人間の4倍~5倍にあたる」
ということも分かっています。つまり牛はグルメなのです。味にとてもうるさい。
 なぜうるさいのかというと、毒性のあるものはほんの少量でも食べないように厳密に管理しているからです。

【ウシの胃は四つ】

 ウシに四つの胃があることはとても有名です。
 なぜ四つもあるのかというと、あの消化の悪い牧草・野草を食ってなおかつ上質な肉やミルクをつくるには、時間をかけてエサを発酵させ、消化しやすくしておかないと栄養吸収の効率が悪すぎるからなのです。

 そのために牛は、第一の胃と口との間で食物を何回も移動させ、細かく噛み砕きます。これが有名な「反芻(はんすう)」ですが、いつまでも口の中で噛んでいるだけではなく、口と第一の胃の間を行ったり来たりさせるのは、胃の中に飼っている微生物と十分に混ぜ合わせ、発酵を促進させるためです。その上で第二・第三の胃でさらに発酵を進め、最後に第四の胃で消化をさせるのです。つまり正式に「胃」と呼べるのは第四の胃だけで、1~3は消化を促すために変形した食道の一部なのです。

 もうお分かりかと思いますが、ウシの舌の味蕾が人間の4~5倍もあるのは、厳しく毒を選り分けて、胃の中の微生物を殺さないようにするためです。それくらいものを消化するというのは大変なことなのです。

【ここからは児童生徒に向けて】

 分かりましたか?
 消化しにくいものを食べて、それを血や肉にするのはそこまで大変なことなのです。
(え? 血の話はどこに出てきたかって? おやおや知らないのですね、ミルクの原料は血液なのですよ)

 学校の勉強も同じです。
 漢字や計算、化学式だの英単語だの、そんなものはちっともおいしくないし消化するのは容易ではない。中には一つか二つ、好みによって食べやすいものもあるかもしれないけど、みんながみんな食べやすいということはめったにないことだ。しかしそれらはいずれ血となり肉とならなければならない。そのためにはどうしたらいい?
 そうだ、反芻だ。

 何度も何度も噛み砕いて、微生物の助けを借りながら、自分の血や肉にしていくしかないんだ。
(え? その場合の微生物って何かって? まあ、そんなもの、先生たちでいいだろう。キミたちもどうせその程度の扱いしかしていないのだから)

 さて今年は丑年だ。
 ウシのように台地にしっかりと足を延ばし、重い荷物にも耐え、新しいものを繰り返し飲み込み、反芻し、吟味し、確実に自分の血肉に変えて、たくましく生きていこうではないか!
 そうだろ! 諸君!