「言葉の中和法と愛情貯金の話」~NHKドラマ「こもりびと」を観て⑦ 

 現代の親の責任は不条理に重い。
 しかしどんなに気を遣ったところで、どこかで子どもを傷つけているものだ。
 だったらいざというとき、それが傷とならぬように日ごろから愛ある言葉で満たしておこう。
 それが唯一の言葉の中和法であり、愛情貯金なのだ。
という話。

f:id:kite-cafe:20201208072904j:plain  (写真:フォトAC)

 

【親が神経質な対応を問われる時代】

 繰り返しになりますが現代の親たちが誤った対応をするから子どもが不登校や引きこもりになる、と言っているのではありません。昔の親の方がはるかに乱暴でした。
 ただ昔の子どもは親兄弟や友だちや、ご近所の大人や親せきの人たちなど、大量の人間の中で育ちましたから、その中では親の言葉など今よりずっと軽かったのです。

 現在は核家族化と少子化で家の中にジジもババも小姑ともおらず、兄弟といっても一人、多くて三人、一歩屋外に出ても近所に同年配の子どもはほとんどおらず、公園に行っても遊び相手はごく少数――そんな鄙びた子どもの人間社会では、“親”の重みは極限にまで高まっているのです。

 私たちは昔に比べるとはるかに人工的で神経質な時代を生きています。しかしそれにもかかわらず私たちはあまりにも無頓着に生きて来てしまいました。家族が解体して行こうとしているのに何も手を打たずに来たのです。

【家庭内ひとりぼっち】

 つい先日書いたばかりですが、昔は家族そろって朝食や夕食を食べるのが当たり前でした。道徳的にそうだったわけではありません。保温炊飯器も電子レンジもない時代は、温かい食事を摂ろうとしたら調理した直後に一緒に食べるしかなかったのです。卓を囲めば会話も生まれます。

 ところが現代はいくらでも温め直しがききます。そうなると一人ひとりの都合に合わせていくらでも調整が利くようになり、うっかりすると全員が孤食ということになりかねません。たまに一緒になるにしても、全員テレビを見ながらの食事ですから会話の生まれようがありません。
 食事が終わればそれぞれの部屋に帰って行きます。昔は“自分の部屋”などなかったのに――。

 ごくわずかな時間の中で交わされる言葉は、報告と指示、稀に相談、さらに特別な場合は討論もしくは査問会、糾弾集会――そこでは通常の会話というものが成り立ちません。
それが現代です。

「国立受験失敗は自己責任だ」
「大学まで出してやったのになんで正社員になれないんだ」
「母さんの介護にかこつけて逃げてるんじゃないぞ」
「結婚はできないわ、仕事は続かないわ、恥ずかしくないか」
 しかし言っている側にはそこまでのつもりはない。怒りを単純に言葉にしているだけです。そう考えると、私たちもこれに近いことをいくらでもやっているのかもしれません。
 苦い言葉、渋い雰囲気、暗い家庭――。
 だったらどうしたらよいのでしょう?

【言葉の中和法】

 苦い味・渋い味と言えばアルカリです(私はそう教えられたので科学的な正確さは問わないでください)。そのアルカリを消すには酸で中和すればいいくらいのことは、誰でも知っています。
 酸といえば甘酸っぱいもの、つまり甘酸っぱいものをかぶせれば苦味・渋味は消えるはずです。

 ただしアルカリを先に入れてあとから酸で中和したところで、記憶として残るのは苦く渋い味だけです。中和した後は無味無臭になるだけですから。
 そこで順番を逆にして甘酸っぱい酸を先に口に入れたらどうでしょう? あとからアルカリを入れて中和しても、酸の甘酸っぱさは記憶に残ります。アルカリの苦さ渋さは感じずに終わります。

 きつい言葉や皮肉や嫌み、けなし言葉や傷つける言葉、それらが必要以上に心を傷つけないためには、事前にその子のこころや頭を酸の甘酸っぱさで満たしておけばいいのです。

 私は30年近く前、友人が三人の子どもを次々と胡坐座の中に入れ、
「お父さんが大好きな○○」
「お父さんの一番大切な○○」
と耳元でつぶやくのを見たことがあります。これはいいことをしているなと思って、以来ずっとその真似をし続けることにしました。
「お父さんが大好きなシーナ」
「お父さんの一番大切なシーナ」
と言ってやると、娘はいつもうっとりとした表情をしていました。
 続いてアキュラを膝に乗せ、
「お父さんの一番大切なアキュラ」
というと息子は、
「お姉ちゃんを抱っこしてるときは“お姉ちゃん”って言うんでしょ!」
と言って逆らいますが、それでも満足そうでした。
 お姉ちゃんを抱っこしているときはお姉ちゃん、弟を抱っこしているときは弟が一番というのも私が教えたことです。それで子どもは納得します。

【愛情貯金】

 映画などを見ているとアメリカ人の夫婦はしょっちゅう「I love you」と言い合い、ハグしたりキスしたりしています。あれはもしかしたら肉食獣みたいなアメリカの人々が、喧嘩になっても殺し合いに発展させないための知恵なのかもしれません。予め甘酸っぱい酸をたっぷり振りまいているのです。
 別の言い方をすれば、いざというときのために日ごろから積み立てている愛情貯金です。

 子育ても生徒指導も大切なのはいざというときの対応ではありません。どうでもいいときにどれだけ愛情を降りかけ、心を耕しておくかです。やり方がわからなければとりあえず言葉をかけておきましょう。
「お前が可愛い」「お前が大事」「世界で一番大切なのがお前」――。
「お前はすごい」「大したものだ」「ほんとうに感心する」――。

 ドラマ「こもりびと」で最も重要な意味を持ったあの言葉、
「生きていてくれるだけでいい」も、
 そんなどうでもいい時にこそ、口にしやすい言葉です。

(この稿、終了)