カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「ぶどう酒が水になった話と都市封鎖」~きちんとロックダウンすれば、感染はすぐになくなるはずではないか?

 ロンドンもパリもローマもマドリードも、
 あんなに厳しいロックダウンをしたのに、
 なぜ新型コロナウイルス感染は長引いたのだろう?
 それは日本でコロナ死が少ないこと以上に謎だ。
というお話。f:id:kite-cafe:20200629065435j:plain(「ロンドンの街並み」フォトACより)

【ぶどう酒が水になった話】

  大家さんの還暦のお祝いに店子一同で酒を贈ろうということになって、空徳利を回すから一軒一合ずつ入れて最後に大家さんのところに届くようにしようとしたのだが、大家さんが飲もうとしたところ徳利いっぱいの酒はいつの間にか水に変わっていた――そういう小話があります。昔聞いた落語の枕にあったものです。もちろん酒が変質したのではなく、店子それぞれが「自分のところ一軒くらいは水を入れても分からないだろう」と考えて全員が水を入れてしまったからです。

 この話、落語の枕に使われていたのは間違いないのですが、今回調べてみたらどうも元ネタは別にあって「ぶどう酒が水になった話」という外国の寓話のようなのです。それをどこぞの落語家がアレンジして自分の話の冒頭に持ってきたらしいのです。

 しかしその先がけっこう難しくて、グリムでないイソップでもないO・ヘンリーでもない、スペインのカタルーニャ地方の民話という話もありましたが根拠がない。
 ワインを贈られた相手も町を離れようとする偉い学者だったり、フランスの長寿のおじいさんだったり、ユダヤ教のラビだったりとさまざまです。
 道徳の教科書で読んだとか、いや国語だったとかいろいろな話がありますが、あちこちの校長先生が好んで講話の題材にしているのは事実のようで、検索にかけるといくつか拾えます。ただし分かったのはそこまでで、それ以上は何も出て来ません。

 こうした逸話の多様性というのはけっこうあって、ある著名人が酒席に遅刻しそうになって慌ててみすぼらしい普段着のまま会場に入ろうとしたら断られ、いったん家に戻って改めて盛装で出かけたらすんなり入れた、そこでその“著名人”は中に入るなり来賓席に自分の上着を掛け、自身は末席に座った。来賓として尊重されるのは服であって自分ではないからだ――そのようにして彼は外見で人を判断することの愚かさを示したという話があります。
 聞いてなんとも嫌味なことをする奴だなあと私なんぞは思うのですが、この物語の主人公は、私の知る限り、一休禅師であり沢庵和尚であり、エジソンでありアインシュタインであり、野口英世です。
 うろ覚えの話を断定的に書く人がたくさんいたのか違うと承知で確信犯的に作り話をしているのか分かりませんが、こうなるともう追求する気にもなりません。

 横道のそれました。話題にしたかったのは、「自分ひとりがずるいことをしたって大勢に影響はないだろうとみんながズルをすると、たいへんなことになる」という本質的な部分です。

【小武漢と大ダイヤモンド・プリンセス】

 中国の武漢でどうやら新型のコロナウイルス感染が起こっているらしいという話が出たのが今年の1月上旬。それから半年近く経ってさまざまな知見が共有されるようになってきました。
 例えば感染力がすさまじいということ、発症の前後がもっともウイルス拡散が激しいということ、特に若年層で無症状または軽症のまま終わる人が多いということ、感染から発症までは最長で2週間くらいで、軽症者はその期間内に自然治癒してしまうことも多いということ、等々。

 こういう知見を積み上げていくと、例えば感染の可能性がある一つの家族を完全に隔離して、重症者が出た場合は入院措置を取り、それ以外は放置するという方法を4~5週間も続けるとウイルス感染はほぼ終わってしまうことが分かります。ウイルスをもつ人間が最初の2週間の最終日に別の家族にうつしたとしても、うつされた側が次の2週間内に入院するか自然治癒してしまうと、あとが続かないからです。
 もちろん4人家族のAが2週間目にBに感染させ、Bがまた2週間目にCに感染させといったリレーが続けば8週間もかかる理屈ですが、新型コロナの感染力を考えると極めて稀な例ということなるでしょう。基本的には2週間におまけの数日を加えれば、その家族は全員、安心な人々になるはずです。
 クルーズ船ダイヤモンド・プリンセスの乗客乗員はその理屈で2週間ものあいだ誰も下船させず、その後、乗客たちは公共交通機関で自宅に戻ったりしたのです。もちろん帰宅後発症した人もいましたが、乗員乗客が3700人もいたことを考えると、その程度は誤差みたいなものでしょう。

 日本でも緊急事態宣言が解除され、ヨーロッパの主要都市でも厳しいロックダウンが解除され、人々は清々しい表情で街に出てきていると言います。2カ月以上の蟄居生活からの解放ですからうれしいに決まっています・・・と、しかし私はここでふと思うのです。
 あれ? どうして2カ月なんだ? 2週間でよかったんじゃないか?

【イギリス人は独立不羈だ】

 ダイヤモンド・プリンセスの隔離が始まったとき、これを「小武漢」と表現する人たちがいました。裏を返せば武漢は「大ダイヤモンド・プリンセス」だったわけです。パリもロンドンもローマも同じです。だとしたらクルーズ船同様、2週間もロックダウンすれば感染者は劇的に減ったはずです。それなのに2カ月もかかってイギリスは現在も毎日1000人前後の感染者と100名を越える死者を出しています(日によってばらつきが多い)。
 いったい何が起こっていたのか――。

 おそらくこれには二つの要素があります。
 ひとつはヨーロッパ諸国の「ロックダウン」が、私たちが考えるほど厳しいものではかなったこと。例えばイギリスでは、「外出は原則禁止、企業は必要な場合以外は在宅勤務、外出禁止に違反した個人には罰金」ということになっていて、リモートワークの遅れた日本とは違ってみんな家でじっとしていたのかと思っていたのですが、「外出は原則禁止」の例外として、「買い出しや散歩は可」というのもあるのです。買い出しはともかく「散歩は可」となるとかなりゆとりが出て来ます。
 しかもBBCの「News Japn」を見ると、
「ロックダウンが始まって3回目の日曜日だった4月11日(*)には、公園やビーチへの移動は通常より37%減少していた」
といったことになります。(2020.04.20「イギリスのロックダウンで変わった6つのこと……外出、買い物、犯罪、大気汚染」 *4月11日は12日の間違いかと思う)
 日本人の感覚からすれば、「ロックダウンで37%減かよ」ということになりますが、それがイギリスです。人は簡単に政府のいうことを聞かないのです。それが第二の理由。

 3月の末にはイギリス首相の顧問が親せきの家に行っていたことが問題になり、数日後にはジョンソン首相自身が新型コロナウイルスに陽性となって入院してしまいます。ロックダウンの最中、人々は何をしていたのでしょう? 確かに、散歩と必需品の買い物以外で屋外に出ている人は少なかったでしょう。しかし屋内と言っても、自宅でじっとしていたかどうかは定かでないのです。
 「ぶどう酒が水になった話」が思い起こされる話です。

 ちなみに5月の大型連休中の日本の人出は各地で8割減でした。
NTTドコモによると、4日午後3時台の人出は、昨年の大型連休の同じ時間帯の平均と比べ、北海道・札幌駅が80・6%減、東京・新宿駅が84・8%減、愛知・名古屋駅が83・0%減、大阪・梅田が87・7%減、福岡・天神は79・8%減などだった。2020.05.05 朝日新聞
 例年のようにたくさんの人が観光地に繰り出すのではないかと心配された大型連休でしたが、人々は観光どころか会社にもいかなかったのです。欧米よりはるかの強力な都市封鎖が行われたも同じでした。