いよいよダイヤモンドプリンセスから乗客が降り始めた。
しかしこの人たちは大丈夫だろう。
下船して自由に跳び回るほどに、中高年は愚かではない。
乗客のみなさんはほんとうによく頑張られた。
そしてその陰で働き続けた乗務員たちにも、大きな賞賛の拍手が送られるべきだ。
という話。
(「ダイヤモンドプリンセス」フォトAC より)
【下船した乗客たちは、それでも静かに日をすごすだろう】
いよいよ昨日からダイヤモンドプリンセスからの乗客の下船が始まりました。
一部には、「数日前に感染して、まだ検査で陽性反応の出ない人が下りてしまうかもしれない」と不安に思う人もいるみたいですが、すでに14日間も留め置いたのです。制度上も人権上も、これ以上の逗留を求めることもできないでしょう。
それに乗客の大部分は私と同じ高齢者で、年末年始から間もない1月末のクルーズ船に乗っていても誰にも迷惑をかけない、時間に余裕のある人たちですから、自宅に戻ってからも無暗に歩き回ることなく、しばらくは外出を避けて静かに暮らしていてくれるはずです。
誰しもこの年になると分かるのですが、定年退職してしばらくたつと、大病をして死ぬのもあまり怖くなくなるのです。私が死んでも誰も困りません。
怖いのはむしろ、人生の最晩年で子どもや孫、そして世間に大きな迷惑をかけることです。
池袋で自家用車を暴走させて多くの人々を死傷させた元通産省官僚のような晩年は、絶対に送りたくない。逆に、子が“親殺し”や“通り魔的大量殺人者”になるくらいなら自分が殺して自らの人生に決着をつけようと考えた元農水省官僚の方が、よほど理解できます。
ダイヤモンドプリンセスを降りて自宅に戻り、あちこち挨拶して回ったらその中から発症者が出た――そんなことは考えるだにおそろしいことです。
11年前の新型インフルエンザの際、私の勤めていた学校で最初に罹患した家族はすぐに特定されてしまいました。それはそうでしょう。もう夏に差しかかる時期に一家で仕事や学校を休んで引きこもってしまったのですから。
ところが学校を休んだ数日後に行われた地域のお祭りに、その一家が遊びに来ていたのです。おそらく気を遣って日中の人通りの少ない時刻を選んだのでしょうが、それでも陰で無茶苦茶悪く言われて少し気の毒でした。“少し”と言ったのは、私だって「ちったあ考えろよ」と思ったからです。非難されないわけがない。
ダイヤモンドプリンセスの乗客のほとんどは「十二分に大人」の人たちです。だからきっとそんなアホなことはしません。
もちろん例外もあるでしょう。チャーター機で帰ってきた人たちの中にだってそのまま家に戻ってしまった人もいたのですから。しかし若干の漏れは仕方ありませんし、その部分から感染が広がっても、追跡を続けていますから同じ経路からの感染は止められます。
様子を見ましょう。
【他に方法はあったのか?】
乗客が降り始めたことから、そろそろマスコミもダイヤモンドプリンセスに決着をつけて、次の舞台に進もうと総括を始めています。
しばらく前から、一人も下船させず経過を見るというやり方に疑問の声が出始めていましたが、ここにきて結局ウィルス培養船だったとか、諸外国から非難されることになったとか、今回の措置を疑問に思う声も大きくなってきました。
しかし振り返って、2月3日に横浜に戻って来た際に全員を降ろすことができたかどうか、一週間たったところで陰性の人だけでも下ろすことはできなかったのかとなると、それはやはり無理だったと思うのです。一度降りてしまった人が自由に歩くのを引き留める方法がないからです。
もちろんチャーター機の人たちのように、ほぼ乗客全員が指定された場所で14日間過ごすことを了承し、しかも3600人分の居場所が確保できれば別ですが、この条件を二つともクリアするのはとても難しかったでしょう。
日本に住所があってこの先も日本で生活する気持ちのある人なら、先ほどお話ししたような理由で、なんとか政府のお墨付きをもらって堂々と家に帰りたいと考えるでしょうが、外国の方は違います。何の症状もなく元気なら、旅行の日程を最後まできちんとやって、浅草や渋谷スクランブルを見物し、センター街で日本情緒を味わってから母国に戻ろうとするに違いありません。
発症と他人にうつすのを恐れて、船を降りてから14日間も自腹でホテルに引き籠る――そこまでやる義理も理由もないからです。
やはりああするしかなかった。
乗員乗客の方々にはほんとうにお気の毒でしたが、空前の事態でした。この経験が生かされて、大型客船内の爆発感染が絶後となるよう心から祈っています。
【誰か、ダイヤモンドプリンセスのクルーを誉めてやってくれ!】
さて気の毒と言えばあまり注目されていませんが、1000名を越える乗務員たちも無辜の被害者であることには違いありません。
もちろん中には、船長をはじめ責任を問われるべき人もいます。世の中にはインフルエンザやノロウイルスのような感染力の強い伝染病がいくらでもあるのです。香港で下船した中国人が新型コロナウイルス感染者と分かった時点で、取るべき対策が十分に取られていたか、やはりこれから厳しく検証されなくてはなりません。
しかしそれ以外の乗務員が、最後まできちんと仕事をし、不十分な時もあったとはいえ食事を提供し続け、シーツを配り、船内の衛生にそれなりの努力を払い続けたことは、やはり賞賛されなくてはなりません。
外のテレビ局からは内部の様子を探ろうと、さまざま方法で接触を試みてきましたが、電話でインタビューを受けた何人かは、情報の不足や医薬品の届かないことを繰り返し訴えながら、しかし、
「クルーはほんとうによくやってくれています」
と付け加えるのを忘れませんでした。
情報番組「ミヤネ屋」の宮根MCは乗客の不満を引き出そうとしつこく質問し、
「食事のことでなにか困っておられることはありますか?」
と訊かれた乗客は少し迷って、
「とてもおいしいんですが、量が多くて食べきれない――」
マスコミは乗客が酷い目に遭っているという情報以外はあまりほしくないようで、その部分はさらっと終わってしまいましたが、私はこれには笑ってしまいました。
乗客と違って、乗務員の一部は相部屋生活を余儀なくされていました。その中で感染の恐怖と戦いながら、なおも自分の仕事を放棄しなかったのです。
本物かどうかちょっとわからないのですが、ツイッターにはそれでも元気で頑張っている、と踊って見せるコックチームの動画も載せられていました。
We all know that we were facing a crisis here in Diamond Princess due to NCoV but hey we still managed to smile, laugh and dance. For our Family and Friends to know that we were Ok here and We Will Stand Together As One until we finish the Quarantine.#Galley#TeamDiamondPrincess pic.twitter.com/0nqsPsOfhP
— Mae Fantillo (@maejuliene18) February 14, 2020
ほんとうによく頑張りました。
客室の対応をした乗務員が感染を広げた側面もあるといった指摘もありますが、彼らは素人なのです。プロの検疫官や看護師でさえ感染しているというのに、それ以上の適確性を望むのは酷というものでしょう。
どうか今後、乗務員の働きにも目を向けた報道が行われるよう、期待します。