「ユニコール・マターネルの終焉」~学校教育はいい加減でいいと文科省は言った4

 

 教育審議会答申には

 腹が立って腹が立って

 そこで童話をひとつ、書いてみることにしました

ということ。

 

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(ウィンスロー・ホーマー「青い少年」)

 

 ユニコール・マターネル(Unécole Maternelle)はフランスを代表する有名ケーキチェーン店である。

 その主力商品は最初「ショートケーキ」「チーズケーキ」「モンブラン」といった平凡なものだったが、職人たちの腕が特に良かったのだろう、その売れ行きは爆発的であっという間に全国に250もの店舗を持つ大チェーンストアとなったのだ。

 

 大きくになるにしたがって店は「チョコレートケーキ」だの「タルト」だのと次第に品数を増やしていったが、どれも実に評判が良かった。

 そこで本部はケーキ工房に指示を出し、「フルーツケーキ」だの「ティラミス」だの「ミルフィーユ」だのとさらに種類を増やしていき、ついにチョコレートケーキだけでも「ガトーショコラ」「クラシックショコラ」「フォンダン・オ・ショコラ」「ブラウニー」「ザッハトルテ」「オペラ」「ブッシュ・ド・ノエル」「デビルズフードケーキ」と8種類にもおよぶようになった。

 職人たちはほとんど不眠不休で働き、それでもケーキの品質の維持と安全に励みながら、新商品の開発にも余念がなかった

 

 しかし本部は知らなかった。いやもしかしたら知らないふりをしていただけなのかもしれないが、工房はそろそろ限界に達しようとしていたのだ。

 職人に疲労の色が濃くなり、しばしば休みを取る者もでてきた。そしてその一部は二度と工房に戻ってくることはなかった。

 

 やがてユニコールの味が落ちたとの噂が囁かれるようになり、本部の管理システムが見直されると職人たちの生活は一気に苦しくなった。しかしよりおいしく美しく、安全なケーキを作るためには仕方ないと諦める職人たちも少なくなかった。

 

 だがそれにも関わらず事故が起こる。異物混入の訴えが立て続けにもたらされる。

 本部はそこで慌てて再度業務を見直し、ようやく職人たちが過重労働に苦しんでいることに気づいたのだった。

 

 緊急の役員会議が繰り返され、専門家会議が招集され、第三者委員会までつくられてやがて改善提案が発表された。

「いまのままの状態では事故はなくならない。繰り返すのみだ。非常に危険な状態にあるといえる。

 しかしどうしてこんなことになってしまったのか――。

 原因は明らかである。職人たちが過剰な品質向上を図ったからだ。

 よりおいしいケーキを作りたい、美しい形に整えたい、みんなに“素晴らしい”と感激してもらえるケーキを提供したい――そういう情熱は分かる。しかしユニコール・マターネルはケーキのチェーン店であって美術商ではない。すべてのケーキを最高の、素晴らしい芸術品のようなものにしようとするから、事故も起こるし職人も傷むのだ。

 今や考え直す時だ。

 スポンジは外注に出すとかフルーツの選別も青果市場に任せるとか、あるいは簡単な飾りつけはアルバイトに任せ、種類ごとに保管の仕方を変えるような細かさは廃して他のケーキ店と同じにするとか、工房の中でそれぞれが自分で工夫していくしかない。

 罰則はつけないが、今後、仕事上でやりすぎがないよう、工房の長はしっかりと管理してほしい」

 

 その通知を聞いて、古くから会社を支えてきた職人たちは目を伏せた。

 自分たちが努力してきたのは正にその“よりおいしく美しく、みんなに喜んでもらえるケーキ”をつくるためだった。それが今や無用どころかジャマだと言われたのだ。

 お前たちの余計なことをするから、会社は社会から非難を受けるようになったと――。

 ベテラン職人たちは押し黙ったまま、その場に立ち尽くした。

 

 工房の片隅で重い砂糖の袋を持ち上げようとしていた一番年少の男の子が、その様子を見ながら首を傾げる。

「大人ってのは訳の分からないもんだ。品質の維持ができないとか安全が保障できないとか――それだったらケーキの種類を減らせばいいじゃないか。減らすのがイヤなら職人の数を増やせばいい。そんなことは当たり前なのに誰も言わない。それどころか少しぐらいケーキの味や見栄えを変えてもいいから今のままがんばれと――しかし客は馬鹿じゃないよ。最高のケーキを出さないユニコールなんてユニコールじゃない。

 この店もそろそろ潮時かな、職人たちもやる気をなくしているみたいだし、先行きは暗そうだし・・・ここで社員に拾われてもいいことはなさそうだ。早いところ辞めて別のところに行くってもんだな」

 少年はそう呟くと、寂しそうな視線を工房に投げてから、悠然とドアを開き、光り輝く屋外へと出て行ったのだ。