「不思議な父親、家族の限界」〜新幹線無差別殺傷事件について2

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【不思議な父親】

 9日の新幹線内殺傷事件については容疑者の家族が比較的多弁で、容疑者の人物像はかなりはっきりと浮かび上がってきます。ただし実父と称される人の発言はどこか他人事のようで、ネット上では厳しく非難されました。

「施設に入ってからほとんど会話をしていない。取り返しのつかない事をした彼がどう償っていくか見守っていきたい」
「今後につきましては、〇〇〇〇(容疑者)ができる償いを彼にできる限り、心からの人生をそれを償うように生きてほしい」

「〇〇君(容疑者)とは今は家族ではない。中学生の頃からほとんど会話はなく、関係は断絶していた。(被害者には)申し訳ない」
「15歳で家を出て、△△相談所から下宿という形で高校へ通っていましたので、それ以来私は会っていませんので、記憶がちょっと曖昧なところがあります」
 たしかにこれでは非難されるのも仕方ありません。
 しかしこれは、おそらく父親も容疑者と同じタイプであって、情感が薄く、聞き手がどんな受け取りをするか理解できていないことからきているように思います。

 フジテレビ系列の「Mr.サンデー」が実父へ取材を試みたようですが、そのときのやり取りは以下のようなものでした。
記者:なぜ戸籍から外したのか?
実父:本人の意思で。(施設が)学校から近いというのもあっと思いますけど。うちには居たくなかったというか、出て行くつもりだったようで

記者:本人が家に居たくないと?
実父:はい
記者:何があったと考えらますか?
実父:本人から直接聞いてください。うちが追い出したわけでもないんですけど、本人が正しいというなら正しい道を選びなさいというのが当時の父としての言い方でありまして――。
 こうした話のかみ合わなさ、現実感のなさこそ、この父親のひとつの特徴で息子とも共通する部分なのかもしれません。

【家庭の事情】

 それに対して母親の方は、11日に出されたコメント(2018.06.11「『連れ戻していたら…』 新幹線殺傷、容疑者母コメント」朝日新聞デジタル)を読む限り、たいへん丁寧にこの子に関わっていた様子がうかがえます。

 ネット上では母親に関しても、息子を自立支援施設に入れたことや祖母の家に住まわせ養子縁組をさせたことで「ネグレクトではないか」といった批判が出ていますがそれには当たらないはずです。
 容疑者の入っていた自立支援施設は母親のもとの職場で、中の様子もよく知っていれば代表者や職員にも知己がたくさんいたと考えられるからです。細かな点まで依頼したり支援を受けたりできるところですから、安心して預けることができたと思うのです。
 また祖母の家は母親の実家で、事情を承知で引き受けてくれる伯父もいたわけですから、これも遠くに手放したのとは違います。連絡も細かくとっていた様子がうかがえます。

 なにしろまだ自宅にいたころは、父親によると、
「夜にわたしの寝室に入ってきて、包丁と金づちで威嚇するような感じで」、「取っ組み合いました」
といった調子ですから、放っておけば家族の誰かが殺人者でもう一人が被害者になりかねなかったのです。

 母親としては、頼りにならないどころかもう一方の火種にしかならない父親を抱え、息子を抱え、長女を守りながら家庭を維持していかなければならないのですから、ほんとうに大変です。
 ですから本人の納得を得た上で、信頼できる自立支援施設に出したのは賢明な策だったと言えるでしょう。実際、昨日紹介したように、施設にいた4年間は問題なく過ごしていたわけですから。

 自分の母親(容疑者にとって祖母にあたる)との養子縁組を提案したことにも、特殊な事情と母親なりの深謀遠慮があったからなのでしょう。
 自閉圏の人々はときおり信じられないほど強い思い込みに囚われて頑固です。
「この母親とは親子でいられない」と言い出したらどこかにふっと消えて二度と帰らないか、どちらかが死なねばならなくなります。そういうことがあります。

 そんな危険な状態にあって、“息子に別の母親を探してやる”という妥協策が浮かんだとしたら、それは素晴らしいアイデアでした。本人の気持ちを満足させた上に、自分の手の届く範疇に置いておけるわけですから。

 様々に事情があって祖父母と一緒に暮らしている子どもは世の中にたくさんいます。しかし特殊な事情のない限り、養子縁組をすることはあまりないでしょう。容疑者宅でそれが行われたというのは、やはりそれなりの特別な事情があってのことだと考えるのが妥当でしょう。
 しかしそれが必ずしもうまく行くとは限りません。

【家族の限界】

 私は母親のコメントを読みながら二か所ほどで、胸を詰まらせ息を止めました。

 一つ目は、
小さい頃から発達障害があり大変育てにくい子でしたが、私なりに愛情をかけて育ててきました。
 という部分です。
 どうということのない一節のようですが、同様のたくさんの子を見てきた私には「育てにくい」ことの大変さと、「愛情をかけて育ててきました」の重さがよく分かるからです。

 歩き始める前から癇癪を起すとなかなか収まらない、夜突然の夜泣きがあり、一晩中泣いていることもある。歩き始めるととにかく危険でワザとやっているとしか思えないほど危ないところに行きたがる。
 新幹線内殺傷事件の容疑者の父親も、
「ストーブに近づくと危険だと教えるとまた近づく。近づくのでやめさせようとするとさらに近づく、最後は大声でやめさせると泣き喚いて怒る」
そんな話をしていました。

 デパートなどでは常に手をつないでいないと突然走り出して迷子になる、歩道では普通に歩いていたと思ったら急に車道に飛び出す。高いところから飛び降りる、皮や沼に近づきたがる・・・。
 さらに大きくなって幼稚園や学校に行き始めると、人のものを取ったり突然叩いたり、後ろから突飛ばしたりしては先生から怒られる。親は年がら年中謝ってばかりいなければならない。
 近くには褒められてばかりの「良い子」がいるのに、その隣で、ウチの子は悪さばかりして怒られている。
――それが「大変育てにくい」の具体的な意味です。ほんとうに苦しい。

 私が胸を詰まらせたもう一つの部分は、最初の方にあった、
自殺することはあってもまさか他殺するなんて思いも及びませんでした
です。
 容疑者はもう何年も前から「死にたい」「生きている価値がない」「自殺する」と言い続けていたのです。そのうえ家出を繰り返す。母親はもちろん祖母も伯父も、その都度必死で探したに違いありません。しかし同じことが何度も繰り返されると、人の心は疲弊し、麻痺し始めます。
 長く行方不明が続いて、祖母は「今度こそ死んでいるかもしれない」と思い、母親は「すぐにでも帰って来て欲しかったですが、また同じことを繰り返すのではと思い強く言えず、なんとか自力で帰ってくるように促していました」と具体的な手を打つことをやめてしまったようです。
 家族のできることには限界があります。

 自立支援施設にいた時は良かったのです。とにかくそこには訓練を受け経験を積んだプロがいますから。
 しかし家庭に戻り、あるいは企業に入ると、対応するのはすべて素人ばかりです。

 入社後は、仕事がうまくいかず落ち込んでしまい、1年足らずでやめてしまいました。
 無理もありません。
 父親が、
「幼いころから、人の言うことを言葉通りにしか理解できなかった。変わった子だった」
と話したそうですが、そうした人間は型通りの仕事はできても、企業内で良きコミュニケーションをとることは難しいのです。
 一企業にできることにも、やはり限界があります。

 本人もつらかったでしょうが、それを見ている家族もつらい。
 そして自殺念慮が繰り返し訴えられるようになり、母親も祖母も覚悟を決め始める――。
「自殺することはあっても」にはそうした重い意味があります。しかし現実に起きたことはそれよりも重かった――。家族は今後、それをどのように背負っていくのでしょう。

【大人になった子どもと家族に対する支援】

 発達障害は見かけて判断できない障害です。したがって障害があると聞かされていても、人はしばしば対応を誤ります。意識せずに本人を傷つけ、また繰り返し傷つけられる場合も少なくありません。
 ほんとうは発達障害について知識も豊富で経験も豊かな人が近くにいて、その都度、本人にアドバイスして、周囲にも説明してくれるといいのですが、子どもが学齢期にある時はともかく、社会人になると支援の手はほとんど伸びてきません。

 9日の新幹線の車内で若い女性をかばって亡くなった方には、ほんとうに頭が下がります。
 その人とそのご家族のことを考えると、容疑者や容疑者の家族に心を寄せるのもためらわれますが、なんとか、今回の事件を教訓として、発達障害のある大人とその家族に対する支援の仕組みをつくっていくしかありません。

 発達障害が犯罪を引き起こすのではありません。今回の事件について言えば、家族の努力にもかかわらず、発達障害の子が絶望に追い込まれたので起こったものです。本人が大人になっても、家族ともども十分な支援を受けられる仕組みがあれば、起きようのなかったことだとも言えます。