カイト・カフェ

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「二人のトリックスター」〜明日の米朝首脳会談を子どもに説明する

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フランシスコ・デ・ゴヤ「サン・イシードロの巡礼」

米朝首脳会談の不安と不快】

 明日はいよいよ史上初めての米朝首脳会談だそうで、なんだかいやな予感で胸がざわざわしています。こんなこと、一昨年の米国大統領選挙前夜以来です。

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 もっとも私の予感なんてあの大統領選を除いてほとんど当たったことがないのでそれほど心配しなくてもよいのですが、今回については「予感の外れ方」がよく分からなくて困っています。

 例えば私の予感――、
トランプ大統領が中途半端な妥協をして、その結果これまでと同じように実利だけ取られて非核化が反故にされる」
とか、
朝鮮戦争終結宣言とか見栄えのいい合意に署名させられ、非核化が進む前に在韓米軍の縮小だとか経済制裁の緩和とかが始まってしまう」
とか、極端な話としては、
軍事境界線ベルリンの壁みたいに破られて収拾がつかなくなり、その結果、意図しないのに第二次朝鮮戦争が始まってしまう」
とか・・・。
 けれどこれらの予感が外れるとどうなるかというと、それがよく分からないのです。
 
 まさか北朝鮮が「CVI(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)」に応じてアメリカの納得するタイムスケジュールを提出するとも思えません。またアメリカがCVICに関する何の確証も得られないまま「CVIG(完全で検証可能かつ不可逆的な金政権の保障)」を与えることも考えにくい話です。
 いちばん妥当な“予感の外れ方”は「会っても何も起こらなかった」ということなのかもしれませんが、その場合も、「だったら次はどうなるの?」という問いに関する答えが見つかりません。

 さらに、ここまで考えてきて、私は自分の気持ちの中に「いや~な予感」以外の大きなわだかまりがあるのに気づきます。それはあのような人たちに世界の命運が握られていて、明日、一定の方向が示されるかもしれないという不快です。

【二人のトリックスター

 あたかも世界は忘れてしまったかのようにふるまっていますが、北朝鮮を代表してシンガポールに現れたのは、自分の叔父や兄や軍の幹部や、そしてたまたま視察に行った工場で不手際を発見された工場長のような人までも、無慈悲に迫撃砲や猛毒で殺してしまう極悪人です。国民が飢え、苦しみ、子どもが路上生活を始めた時期にも、自身はブタのように太り、たばこを吸い、原爆・ミサイルといった危険なおもちゃを弄んで高笑いするような独裁者です。
 古くは外国における要人テロ、暗殺、航空機爆破、拉致・監禁、麻薬・覚せい剤の密造・密売、偽ドル製作とその行使――と、およそ考えられるありとあらゆる犯罪をやり続けた一族の末裔で、現在もハッキングによる外国銀行からの資金略奪、外国政府及び企業に対するサイバー攻撃等を行い続けている極悪国家の総帥です。

 いっぽうアメリカを代表してシンガポールへ向かったのは希代のウソつき。
 録音が残っていても「そんなことは言っていない」、写真が残っていても「フェイクニュースだ」、国際会議で合意したことでも会場を出るなり「あんなものは認めるなと(部下には)指示した」と一片の迷いもなく言ってのける厚顔無恥です。
 「ディールの天才」とか言われていますが、どうも言い出したのは本人だったみたいで、実際、今日までの一年半を見てくると「ディール」の日本語訳は「恐喝」だとしか思えない。

 たしかに通常の判断が片っぱし通用しなくなるという意味では恐ろしい人で、「普通はしない」と思われることがどんどん繰り返されるのを見ていると、この人には「埒(らち)」というものがあるのかどうか、まったく疑わしくなります。
 エルサレムに大使館を移したら大変なことになるぞ、イラン合意から離脱して締め上げれば中東の情勢は一気に難しくなるぞ、保護貿易に走れば結局みんなが損をするぞ――そういった忠告ないし悲痛な叫びは軽く無視されます。
 ただし支持者を含めた「ファミリー」の利益は最優先で尊重されますから、彼の台詞「アメリカ・ファースト!」は「トランプ・ファースト!」にしか聞こえないのです。
 
 そんな二人が「歴史的会談の主人公」という時点で、私はもうウンザリしています。
 子どもたちに何と説明したらいいのでしょう?

【政治のリアリズム】

 おそらく小中学生にこれを納得させる方法はないと思います。もちろん小中学生では前提となる国際情勢に関する知識も少ないですから、さほど心配しないで済む話かもしれません。しかし高校生だとそういうわけにはいかないでしょう。
 意識の高い子だったらこういった不条理に耐えられるものではありません。そして私たちが言ってあげられるのは、この場合、「それが政治の現実主義(リアリズム)だ」ということだけです。

「国内――この日本国内に生きている限りは、正義はおおむね通ると考えて結構です。
 60年以上生きてきた私でも、ものを盗まれたことはたった一回だけです。しかもそれは海外での話です。
 半径5㎞以内で殺人事件が起きたこともありません。もちろん5kmというのも印象を語っているだけで半径10㎞先でだって起きていないのかもしれないのです。
 宅配便でものを送るとき途中で抜き取られるのではないかと心配はしたことはありませんし、通信販売でものを買うときもお金だけ取られて品物が来ない不安に駆られたこともありません。
 確かに、ニュースを見ていると犯罪は日常茶飯事ですが、人口の1億2600万人を考えるとやはりめったに起きないことですから、毎日不安に駆られながら生きるのは愚かです。
 日本国内はそうです。

 しかし海外には安全や正義が保証されていない国や地域もあります。そして確実に言えることは、国際政治は安全や正義がなかなか保証されない、自国の利益と利益がぶつかり合う修羅場だということです。

 そこには独裁者もいれば犯罪者まがいの指導者もいます。偽善者がいて正義の仮面を被って現れる場合もあり、独善的な首領が厚かましく登場することもあります。
 したがって世界の人々は、長い時間をかけ、そうした魑魅魍魎を調整するよう、地道な努力を続けてきたわけです。

 その結果さまざまに世界をコントロールする術を見つけ実施するようにしてきました。国際連合だとかG7だとかがそれですし、TPPのような協定もそうした方法のひとつです。
 そんなふうに私たちはかなりうまくやれる部分も多くなってきていますが、それでもまだまだの部分がかなりあります。

 明日シンガポールで開かれる会談も、その「まだまだの部分」のひとつです。
 私たちは国際政治のある個所に大きな穴をつくってしまったのです。その穴をどう埋めようかというのがテーマなのですが、不運なことに課題解決の中心にいる二人の人物が、いわゆるトリックスターなのです。何をするのか分からない――。
 困ったことですね。私たちはとりあえず見守るしかない。
 見守って彼らが悪しき選択をするようなら、すぐにも修正するような何らかの方策を取らなければならないのです。

 しかし大丈夫。人類はたくさんの過ちを犯してきましたが、その都度、修正してきたのも人類です。今だってできないはずはありません。そうした思いで、明日の会談はしっかり見守っていきましょう」

 自分が高校の教師で今日、生徒に説明しなければならないとしたらこんな言い方をするだろう――それを考えていたら、なんだか私の方が、元気が出てきました。