カイト・カフェ

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「家族のために、母のように」〜家庭問題のコロンブスの卵1

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マイルズ・バーケット・フォスター 「ブラックベリーを摘む子供たち」

【家族のために、母のように】

 5月21日(月)のNHKプロフェッショナル 仕事の流儀」は『家族のために、母のように』というタイトルで料理専門の家政婦・タサン志麻さんが紹介されていました。

www.nhk.or.jp フランスの三ツ星レストランで修業し、日本に戻ってから10年以上一流料理店に勤めた凄腕女性です。しかし自らの仕事に疑問を持ち、厨房を去ると生活のために家政婦の仕事をはじめ、やがて調理専門となります。
 レストラン勤めの時には限界まで極める人でしたが、それでも納得できない、満ち足りた気持ちがしない――。それが調理専門の家政婦となり、他人の料理を作るようになってから、ようやく求めているものが分かるようになったといいます。
 それはみんなでゆっくり時間をかけて食べるフランスの家庭料理のようなもので、食事を通して幸せが実現できるものです。

「世の働くお母さんは本当に忙しい。だから愛情こめて、家族のことを考えて、少しでも助けになりたい。」
 それが志麻さんの願いだそうですが、番組を見ていると確かに、志麻さんの飛び切りおいしい家庭料理のおかげで、夫婦げんかがなくなったり、母親の気持ちが落ち着いたり、心豊かに暮らす家庭の様子がとてもよく分かるのです。

【心の痛みの解消法――コロンブスの卵その1】

 15歳も年下のフランス人男性と結婚し、古い民家を愛し、辛い流産の経験を経て子どもにも恵まれ、仕事先にもその子を連れていく。番組を通して知る志麻さんの半生は面白く、人柄も魅力的なのですが、それとは別に、「愛情をこめて、家族のことを考えて、少しでも助けになりたい」と考えて作る料理が、ひとつの家族を幸せにするという彼女の発見――裏を返せば「誰かに家庭料理を作ってもらうことで人は幸せになれる」という事実が、私にはとても新鮮で興味深いことでした。

 妻のミーナや娘のシーナを見ていても分かるのですが、働く女性は常に心の痛みを抱えています。
「専業主婦だったらこんないい加減な料理は出さないはず」
「専業主婦だったらこんなにキリキリとした表情で夫や子どもに対処しないはず」
「専業主婦だったらもっと家族にやさしく接することができるはず」
 専業主婦だったらすべてが実現できるわけでもないと思いますが、それでもずっと抱えている。しかし経済的に、あるいは生きがいとして、あるいは情熱のために、仕事を辞めることはできない。だったらどうすればよいか――。

 答えは様々にあり限界もあると思うのですが、そのひとつが、
「誰かに家庭料理を作ってもらう」
という簡単なものだったことは、私にとっては大きなアナ、とんだ『コロンブスの卵』でした。心の痛みは、おいしい家庭料理を一週間いっしょに食べることで和らぐらしいのです。

 志麻さんの賃金は3時間で7800円。それで一週間分の作り置きですから家計として大きな負担になるものではありません。しかも志麻さんのスケジュールは公開すると数分で埋まってしまいます年から年がら年じゅう頼むというわけにはいかない。数週間に一度、あるいは数カ月に一度しか頼めない、そうなると「他人任せにしている」といった形で心が痛むこともない。
 つまり程よいわけです。

【必要なのは技能――コロンブスの卵その2】

 似たような『コロンブスの卵』について思い出があります。
 それは以前勤めていた小学校で、ほとんどすべての食事をコンビニ弁当で済ませている家が問題になった時です。
 担任も養護教諭も呆れて、どうやったらきちんとした食事がとれるようになるか、バランスの良い食生活を少しでもさせるのはどうしたらよいのか、みんなで悩んでいたところ、通りかかった図書館司書がひとこと、
「あの子、調理できるような子じゃないんだよ」
 “あの子”というは母親のことです。
 司書は村費雇用の高齢の女性で、地元の人ですから何でも知っているのです。
「たぶん学校の家庭科で習ったきり、包丁なんか一度も持ったことがないんじゃないかな?」
 すると最初に問題を提起した養護教諭が、
「え? じゃあ、あのお母さんに必要なのは料理のスキルってこと?」
 私は心の中で少し笑ってしまいました。「必要なのはスキル」という言い方も面白かったのですが、答えが簡単すぎることにも呆れたからです。
 確かに、食事をコンビニ弁当で済ませている割には、熱心で愛情深いお母さんでした。

 田舎過ぎて料理学校などありませんから(あったとしても金銭的余裕がない)、あれこれ考えて公民館の料理教室に誘ってみることにしました。基本的な技能を教える場ではありませんが、そこは同じ村内のこと、講師も地元のオバちゃんですから本来の目的を伝えて、包丁の使い方から丁寧に教えてもらうことにしました。

 私はそのあとすぐに転勤になってしまったので結果がどうなったのか知りません。しかし「必要なのはスキル」という“コロンブスの卵”は、その後もずっと大事にしてきました。

(この稿、続く)