カイト・カフェ

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「日馬富士問題を生徒指導する」〜もめごとの解き方


 今朝になって「日馬富士引退の意向」のニュースが入り、以下の記事が意味あるものかどうかわからなくなりました。
 おそらくこれで日馬富士起訴猶予となりますし、相撲協会は処分を見送ります。


 起訴猶予になった場合の“被疑事実”について、どういう扱いになるのか私は知りません。しかしそれは“裁判によって確定した事実”ではありませんし当面は“裁判によって訂正されるかもしれない事実”でもありませんから、公開されることはないように思われます。
 相撲協会も調査しない。

 相撲協会内で起こった事件については協会内で調査しない、事実は明らかにされない、これが貴乃花親方や貴ノ岩の望んだことだったのでしょうか。

(以下、本文)

 九州場所が終わって週が明けたらテレビのワイドショーは日馬富士一色。NHKの7時のニュースでさえトップがこの問題ですから、いかに国民の関心の高い事件なのかと、ある意味感心させられます。
 しかも事件発覚から二週間以上も経っているというのに事件そのものがわかっていない。全容どころかイメージさえつかめないのです。

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【これまでの経緯】――詳しい方は飛ばし読みを――

 第一段階はスポーツニッポンのスクープ記事。
 貴ノ岩日馬富士にビール瓶で殴られて「右中頭蓋底骨折、髄液漏」という衝撃的なもので、私の頭の中には昭和30年代の日活映画で、石原裕次郎がキャバレーの喧嘩に巻き込まれ、後ろから思い切りビール瓶で殴られて気絶する、といった場面が浮かんだりしました。

 その上での「全治2週間、5日の入院」というのもすごい話で、テレビのコメンテーターの、
「普通の人なら死んでしまうかもしれませんよ。でもね、力士たちは鍛えているうえに毎日頭同士をガーンとぶつけているわけですから、だからこの程度で済むんですよ」
といったまことしやかな話をウンウンとうなづきながら感心していたりもしたのです。

 私の感覚だと「全治2週間」と「全治3週間」の間には天と地ほどの差があって、「全治2週間は医者が頼まれていやいやつけるけがの程度(かすり傷)」、「全治3週間は本物の大けが、掛け値なしの大事」といった印象があるので、「頭蓋骨が割れ、髄液が漏れ出ていてもかすり傷」という相撲取りのターミネーター的強靭さに目のくらむ思いがしていたのです。

 ところが第2段階で日馬富士白鵬の証言が出て、「素手で十数発、ビール瓶では殴っていない。カラオケのリモコンでは殴った」となってまたまた首をかしげなければならなくなります。
 素手で「右中頭蓋底骨折、髄液漏」にしてしまうのですから、考えようによっては横綱の腕力はとんでもなく凄い、とも言えます。それとともに素手で殴られて折れてしまう貴ノ岩の頭蓋骨もいかがなものか、といった疑念もわいてきます。

 さらに第3段階で元旭鷲山ダバー・バトバヤルさんが来日して、貴ノ岩と電話で話したら、
「(貴ノ岩は)とにかく何もやっていない。みんなで話をしている最中にスマホをいじったら突然日馬富士に殴り掛かられて、素手や灰皿、カラオケのマイクで40〜50発も殴られた」
という話になります。
 証言が出るたびに普通は互いに歩み寄ってくるはずの内容が、どんどん遠ざかってしまう。

 そうこうするうちに元旭鷲山の語ったことは全て伝聞で、実は電話でも話していなかったという話が出て来て、「ああ、やっぱりな」と思っていたら今度は謎の“関係者”の証言として「カラオケのマイク、灰皿、ビール瓶、とにかくテーブルの上にあるものはかたっぱし使って殴った」というようなことにもなっていく。

 最近のネットニュースでは「カラオケ機器(まあ、マイクやリモコンはカラオケ機器には違いないけど本体で?)で殴った上にアイスピックを振りかざした」というのまで出てきています。そうかと思うと、「いやいやいや、アイスピックを手にしたのは貴ノ岩の方で、それで横綱たちに向かって『あなたたちの時代は終わった』と言ったのだ」とシッチャカメッチャカ。

 そもそも事実だけを辿っても、暴力事件が起きたのが10月26日で警察に被害届が出たのが10月29日。警察から相撲協会に問い合わせがあったのが11月2日、貴ノ岩が入院したのが11月5日、「右中頭蓋底骨折、髄液漏、全治2週間」の診断書が書かれたのが11月9日と、ほんとうに分かりにくい話なのです。

 もちろん、とりもなおさず被害者側の貴ノ岩、あるいは貴乃花親方が生の声で発言しないからこういうことになるのですが。

【問題は警察では解決しない】

 相撲協会に話を持ち込んだらもみ消されるとでも思っているのでしょうか、貴乃花親方は誰にも相談もせずに警察に被害届を出し、以後は「警察の捜査を優先させる(それが終わるまで一切何も話さない、貴ノ岩にも話させない)」の一点張りです。しかし警察が全容を解明するかと言ったらそれは間違いです。

 警察の捜査するのは事件の有無、暴力とケガの因果関係、加害者の意図といった具体的事実であって、暴行に至った心情とか情状とかは主たる対象ではありません。もちろんこれだけ注目を浴びている事件ですから徹底的な捜査をするに決まっていますが、それは真実の一側面にすぎないのです。
 警察は捜査の結果を検察に渡し、検察は起訴・不起訴を決めます。起訴されたらあとは裁判所の判決で「懲役2年執行猶予3年」とかになってそれで終わりです。
 しかし日馬富士にとっても貴ノ岩にとっても、角界全体にとってもそれで終わる話ではありません。

 日馬富士には進退がかかっています。被害者の貴ノ岩も今後、何事もなかったかのように土俵に上がり続けることは難しくなるでしょう。
 モンゴル国内の世論がどう流れていくのかわかりませんが、悪くすればどちらか一方は一生母国へは帰れません。
 貴乃花親方と相撲協会の間にあいた亀裂を、今後どう繕っていったらいいのか。
 ファンの一部は、事件にうんざりして相撲自体に対する興味を失いつつあります。

【どちらがウソをついているのか】

 ではどうしたらよかったのか。

 事件の三日後、貴乃花親方が貴ノ岩の言い分を聞いただけで、警察に被害届を出したのはいかにも拙速でした。
 私はかつて「子どもの話を聞いて学校にねじ込むときは、十二分に注意しなさいよ」といった内容の文章を書いたことがあります(「)(「いじめだ、万引きだ、喫煙だ、でも………オレやってないもん」)が、トラブルがあった時、その一方の証言だけで物事を判断するのはとても危険なのです。

 もちろん証言者がウソをつく場合があります。けれどそれより厄介なのは証言者が主観的事実に基づいてしゃべっているにもかからわず、本人も聞き取る人間も、それが理解できていないといった場合です。

 例えば、
 日馬富士は「横綱白鵬関が説教しているのにスマホを取り出していじっていたのでカッとなって殴った」と言い、貴ノ岩は「みんなで話をしている最中、スマホをいじっていたら突然日馬富士に殴り掛かられた」と言う。どちらかがウソをついているとしか思えない状況ですが、案外主観的事実を語っているにすぎないのかもしれません。

 白鵬が説教をして貴ノ岩が「ハイ」、「ハイ」と一つひとつ丁寧に返事をしたあと一呼吸があって――、
 そのとき白鵬は「これでオレの説教は終わり」と思い、日馬富士は「次はオレ」と考え、貴ノ岩は「やれやれ終わった」と思う。
 その時の貴ノ岩の、あまりにも吹っ切れた表情を見て日馬富士は呆れる。
(コイツ、本気で謝ったつもりなのか?)
 呆れて二の句がつけないでいると、その短い間が貴ノ岩には十分な「終了合図」となる。
 日馬富士に怒りの炎が点く。
(たった今、白鵬関に説教されたことも忘れて――)
 貴ノ岩の心は、すでに両横綱のもとにはない。
 そのとき貴ノ岩スマホにメールが入る、貴ノ岩は中身を確認する。
 日馬富士の堪忍袋の緒が切れる。
 日馬富士貴ノ岩を殴る。
 貴ノ岩、何の前触れも理由もないのにいきなりやられた(と思う)。

【現場検証のススメ】

 そうした行き違いを正す方法は、お互いに自分の感じたものを出し合うしかないのです。
 できれば全員で現場に戻り、だれが何を言ったか、最初から、逐一やってみればいいのです。
 酒もツマミも注文したものはすべてテーブルに並べ、酒は飲むわけにいかないので水で代用しながら、店に入っていくところから行う、限りなく“その日”を再現する――それだけでもしかしたら、アイスピックがその場になかったことが確認され、「(日馬富士は)殴った上にアイスピックを振りかざした」とか「いやいや貴ノ岩の方がアイスピックを手にして横綱たちに向かった」だのといった話はなくなってしまうかもしれません。
 それぞれの思いを確認しあうこともできます。 加害者と被害者を同じ場に立たせて現場検証を行うといったやり方は、交通事故を除けば警察だってできないでしょう。不慮のことがあってもいけませんから。
 しかし学校はそれができます。だから私はしてきました(「現場検証のすすめ」a 〜子どもたちの危機⑥ - カイト・カフェ以下)
 そして相撲協会もできたはずです。
 現場検証といった仰々しいことをしなくても、両方から話を聞くというのは、どうしても必要なことなのです。

 貴乃花親方は間違っています。相撲協会の枠の中で、まずできること、すべきことをしなくてはなりませんでした。それが“正義”を行うということです。丸め込むとか隠蔽とかについては、それが起こりそうになったらそのとき抵抗しても遅くなかったはずなのですから。