「総選挙が終わって思ったこと」〜ごった煮のススメ、ジャンヌ・ダルクが大阪のおばちゃんになる

 つい先日も選択肢がふたつしかない二大政党制のどこがいいのか分からないというお話をしました。

kite-cafe.hatenablog.com今も分かりません。

 

【ごった煮政党のススメ】

 小選挙区制というのは二大政党制を生みやすい制度で――というより日本に二大政党制を実現しようとして導入されたのが小選挙区制です。なぜ二大政党制がいいかというと、

  • ふたつにひとつですから政策論争が分かりやすく、
  • 政権交代が容易なため政治家に緊張感が生まれる、
  • 期政権に発生しがちな腐敗が防止しやすく、
  • 大胆な政策転換も政権交代によって可能となる。
  • 二大政党は基本的に似通ったものになるので政権が安定しやすい。

 そんなふうに説明されます。

 

 合衆国で言えば、民主党が政権を取れば貧しい人やマイノリティーに手厚い政治が行われ、外政は国際主義、政府は肥大する、共和党が政権を握れば安全保障が重視され、アメリカの国益優先、古い道徳への回帰、小さな政府と、そんな印象があります。しかし政権交代によって全く違った国みたいになることはない。イギリスの保守党と労働党も似たようなものでしょう。そう考えたとき、日本で二大政党制が定着するとしたら、自民党に対してどんな政党が対置されるのか、ということになるのですがそれがうまく浮かんでこない。

 

 確かに日本共産党はまったく自民党的ではありませんが、現在の日本に対して極端すぎて、政権を任せるというわけにはいきません。

 

 立憲民主党希望の党はまだこれからなので様子を見るとして、一齣前に戻して民進党はどうかというとこれも「右から左までのごった煮で、さっぱりまとまらない」といった評価でよくわかりません。そこでさらに一齣戻して民主党政権はどうだったかと考えると、あれは「素人っぽくて手際の悪い自民党」でしかなかった、そんな気がしてきます。

 結局、自民党にうまく対置できる巨大政党というのが思い浮かばないのです。なぜか。

 

 たぶんそれは自民党自体がヌエみたいな存在だからです。今の安部政権は東アジアの国々からは極右のように言われますが、必要に応じていくらでもリベラルの顔をします。選挙の結果や世論によっていかようにも姿を変える、野党の看板政策でさえちゃっかり盗んだりします。まったく形が掴めません。

 それはそうでしょう、そもそも何十年も前からいろんな人を“ごった煮”に集めて成り立っているのが自由民主党です。とのかくこの党で歯を食いしばっていればいつか大臣になれると信じた人が必死に頑張っている、イデオロギーも核になるような信念もない人々です。

 

 だとしたら同じように、対抗政党の民進党も“ごった煮”のままもう少し頑張ればよかったのです。あるいは希望の党が選別・排除などせず、自民党の向こうを張る“ごった煮”巨大政党となってやや左寄りの政策をとればよかっただけです。そんなふうに思えてきました。

 それが私の全体総括です。

 

 

都知事とジャンヌとオバタリアンと】

 投票日前日にパリへ行って選挙の熱狂が冷めたころ帰って来る――選挙が圧勝だったらそれこそケンシロウの「お前はもう死んでいる」みたいでカッコウ良かったのですが、惨敗では逃げたも同然です。

 小池知事、さぞかし今日は大変でしょうね。「緑のタヌキ」だの「小池にはまってサアたいへん」だの、負けると次々といろいろ出てくるものです。

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モンサンミッシェルジャンヌ・ダルク

 

 希望の党の敗因については様々に分析されていますが、結局のところ孤立無援で都知事選に出馬し、「自民党のドン」の支配する都議会に切り込んで都議会選で大勝利した日本のジャンヌ・ダルクが、気がつくと「大阪のおばちゃん」になっていた、そのことにみんな気づいてしまった、そういう話だと思っています。

(ほんとうは大阪じゃなくて兵庫県芦屋市出身で、西宮から明石くらいまでの女性は「大阪のおばちゃん」と混同されることにかなり抵抗しますが)

 

 大阪に限らずかつてオバタリアンと呼ばれた女性たちには、優れた二つの特徴がありました。 「既成概念を打ち砕く驚くべきユニークな発想力」と「あとさき考えすにそれを実行してしまう行動力」です。

 

 ふたりの国会議員が苦労して政党の礎を築いている最中に横合いから飛び出てきて、

「これまで若狭さん、細野さんはじめとする方々が議論してこられましたけれども、リセットいたしまして」なんて言うのはまさにその典型です。

 

 政権選択選挙なのに代表自ら立候補しないとか、だれを首班に指名するかそれも明かさないとか、党に幹事長も他の役員も置かないとか、白紙委任状に近い協定書にサインさせるとか、そのいちいちが「誰も考えつかなかったこと」で「誰もやらなかったこと」で、多くが「やってはいけないこと」でした。

 

   そのオバタリアン的強さが自分より強い者に向かえばジャンヌ・ダルク、弱い者に向かえば独裁者という、ただそれだけのことです。独裁者は判官びいきできません。

  私にとって焦眉の急は北朝鮮問題です。消費税のことも憲法改正も後でどうとでもなると思っています。ですから安倍政権には一年だけはもってほしい、どうせ一年以内に北朝鮮問題は動くのですから、あとのことは北朝鮮問題が終わってから考えればいい、そんなふうに思っていました。ですから希望の党が結成されたときはとんでもなくうろたえました(「来週のキミたちを楽しみにしている。トランプがんばれ!」〜9月末の希望と憂鬱 - エデュズ・カフェ)が、今は余裕でこんなふうに言います。

 

自民党に対抗できる有力な政党が生まれうはずだったのに、惜しいことしたね、小池さん」