「誰が教師を悪魔に育てたか」〜福井県池田町中2自殺事件調査報告書を読んで

 最近ニュースになっている「福井県池田町中2自殺事件」は非常にわかりにくいものです。
 事件は、
 ことし3月、福井県池田町で中学2年の男子生徒が校舎から転落して死亡し、これについて町の教育委員会が設置した第三者委員会は、担任などから繰り返し厳しい指導を受けたことで追い詰められ自殺したとする調査報告書を公表しました。2017.10.16 NHK Web news
というものですが、各紙各局のニュースを調べても自殺に至るような深刻な問題が見えてきません。

 記事にある内容は例えば、
「担任らから英語などの同じ課題を何回も与えられた」
「本生徒は、『副担任が宿題未提出の理由を言い訳だとして聞いてくれない』などと不満を述べた」
「副担任に宿題を提出しに行ったが、私が悪いんでしょと、ぶつぶつ言われた」
「副担任が、課題が出ていない、期限も過ぎている、どうするつもりかなどと問い質したところ、本生徒は、遅れたのは生徒会や部活動のためとした。副担任は、『宿題ができないなら、やらなくてよい』と言った。本生徒は『やらせてください』と言い土下座しようとした」
とか――。

 生徒はこの副担任を相当嫌っていたようですが、それには伏線があり、小学校時代、当時は家庭科の担任であったこの女性教師との間にトラブルがあってそれをずっと引きずっているのです。それは何かというと、
「当時ミシン掛けで居残りをさせられ、帰りのバスに間に合わなかったことがあり、生徒は家族に『副担任は嫌だ』と言っていたという」

 担任のとの関係も悪く、
「本生徒は、同委員会の担当であった担任から、大会当日の挨拶の準備が遅れたことなどを理由に、校門の前で、大声で怒鳴られた。目撃していた生徒は、(聞いている者が)身震いするくらい怒っていた、すごい怒鳴っていた、本生徒が可哀想と感じたなどと述べている」
 あるいは、
「平成29年1月か2月ころ、毎月1回開催していた月曜日の生徒会の日に、本生徒は職員室の前で、担任から『お前辞めてもいいよ』と大きな声で叱責された(叱責の原因は明らかではない)」
 そのために生徒は、
「僕だけ強く怒られる。どうしたらいいのか分からない」
と嘆いていたといいます。

 たくさん叱られて大変だな、とも思いますが、これで自死に追い込まれたと結論づけられるとそれはそれで戸惑います。この程度の叱られ方をする生徒なら、学校中にいくらでもいるからです。私の経験から言えば、少なくとも4〜5人はいる。

 10月17日のNHK「ニュース9」のキャスターは、
「報告書を読むと、教師たちにどんどん追い込まれていく生徒の様子が分かります」
と言っていましたが、肝心のニュース報道からはそれが伝わって来ません。

【小さな傷でも繰り返し与えればダメージになる】

 もちろんそのひとつひとつは小さくても、朝から晩まで、繰り返しやられれば心は傷みます。しかし報道された具体的な項目をまとめても、そうした様子は見えてきません。

(平成28年)
5月26日 登校しぶり。「副担任が宿題未提出の理由を言い訳だとして聞いてくれない」などと不満を述べた。帰宅後母に対し、「副担任に宿題を提出しに行ったが、私が悪いんでしょと、ぶつぶつ言われた」と話した。
10月9日 大会当日の挨拶の準備が遅れたことなどを理由に、校門の前で、大声で怒鳴られた。
11月18日 副担任は、「宿題ができないなら、やらなくてよい」と言った。本生徒は「やらせてください」と言って土下座しようとした


(平成29年)
1月か2月ごろ 生徒会の日に職員室の前で担任から「お前辞めてもいいよ」と大声で叱責される。
2月上旬 忘れ物をした生徒を担任が強く叱責。
3月6日 担任から課題未提出の指導。早退を求める。
3月7日 登校しぶり。「送る会は最初から関わっていないので内容がよくわからない。担任から『どうなってるんや』と聞かれても、答えられない。僕だけ強く怒られる」
3月13日 宿題を提出できないことに関する副担任とのやり取りの最中に過呼吸を訴える。
3月14日 中学校で自殺。

 公表された内容は大体これくらいで、やはり「朝から晩まで繰り返し」という印象はありません。起きた事象がすべて記録されているわけではありませんし隠蔽された部分もあるかもしれませんが、それにしても事件それぞれの間が空きすぎていて「自殺に追い込まれた」といった雰囲気は感じられないのです。

 結局、私たちは、
「自殺という事実がある以上、それに相ふさわしい残酷な事実があるはずだ」
という推測をもって自分自身を納得させるしかありません。ほとんどのワイドショーの司会者はそうしていました。

【生徒は苦しかった】

 実はこの事件には、テレビや新聞報道を見ていただけでは絶対に分からない事実があったのです。それは一昨日、事件のあった池田町がサイト上に公開した「池田町学校事故等調査委員会 調査報告書(要約)」を読んで初めてわかったことで、そこにはマスメディアがあえて報道しなかった重大な観点が提示されています。

 小・中学校の担任からの聴き取りや本生徒の書いた文章から、本生徒は、バランスのよい文字を書くことや、マスの枠内に文字を収めることが苦手であることがわかる。また、文章を書くことも得意でなく、自分の考えを論理的にまとめて文章表現することを苦手にしていた。 一方、小・中学校の担任・教員からは、本生徒が感情のコントロールが不得手であることが報告されている。また、真面目で、優しく、努力家であるが、対人関係が器用ではない一面もあり、本生徒は対人関係で傷つくことも多かったと思われる。その結果、独り言が増え、ひとりで抱え込む姿がしばしば目撃されている。これらの点から鑑みると、専門機関での診察や検査を受けておらず断定はできないものの、本生徒には発達障害の可能性が想定される。
 それですべて合点がいきます。

 生徒が「小学校時代に居残りをさせられて、バスに乗り遅れたことがある」といったつまらない理由で副担任を毛嫌いしたことも、
「宿題ができないなら、やらなくてよい」と言われて「やらせてください」と言いだして、土下座しようとした、といった極端な反応も、
 ミシン掛けや宿題や、学校行事のあいさつ文など、必要なことがなかなか間に合わないことも、
 私が見てきたある種の子どもたちに特有な共通点です。

 そして同時に、「(たぶん生徒会を)お前辞めてもいいよ」と言われて本気で辞めなければならないと思い詰めた可能性も、「僕だけ強く怒られる」と本気で思い込んで苦しんでいたことも容易に想像できます。

 3月の過呼吸事件の様子を、もう少しく詳しく引用しましょう。
 平成29年3月13日(月)、朝の会後、本生徒が副担任に、「宿題を出せません」と申告した。副担任が理由を聞くと、部活で怪我をしたためと説明した。副担任が何日も前だからできたはず、どこまでやったのかと問い、課題をみたところ、本生徒がやってあると説明したところもできていなかった。わかったよと言うと、本生徒は「やったんや、やったんや」と言いながら泣き出し、過呼吸だと言って副担任にビニール袋を求めた。
 ほんとうに切なくなるような状況です。たかが宿題をやっていないことがバレただけで、中学2年生の男の子が泣き過ぎて過呼吸になるのです。陰惨としか言いようがありません。

【一方、教師の方も困っていた】

 学校で最重要の価値は「平等・公平」です。
 これをきちんと守れないと「エコヒイキ」と言われ、生徒から最も嫌われる教師となります(もちろん自分がエコヒイキされる場合の抵抗感は少ないみたいですが)。
 したがって教師はAに対して行ったことをBにも行うよう厳しく自分を律します。極端に言えばミリ単位で一致するよう気を配るのです。
 Aに許したことはBにも許さなければならない、Aに禁止したことはBにも禁止しなくてはいけない。

 この不文律には例外もあって、それは「全員で納得できる合理的な理由がある場合」は別になります。
 例えば「給食は残さず食べましょう」というルールは全員に共通のものですが「アレルギーがあるから牛乳は飲めない」となれば例外扱いできます。「嫌いだから飲めない」は理由になりません。

 池田町で自殺した生徒にはできないこと、うまくいかないことがたくさんありました。大部分は障害からくるもので本人も苦しんでいたのです。
 けれど同時に、学校というのは児童生徒の前にハードルを置いて「さあ跳べ」という場所です。叱咤激励し、無理強いすることが日常なのです。「できなければいいよ」「うまくいかなければそのままで」というわけにはいかないのです。
 ですからほんとうは、生徒が発達障害という診断を受け、それをクラスで公表したうえで「この子のこういう部分については認めて行こう」「ときどき宿題や課題をやってこないこともあるけど、それは障害特性で本人が怠けているわけではないから気長に見て行こう」、そんなふうに生徒同士、教員同士、そして学校全体で合意して、みんなで対応していけばよかっただけなのです。そうすれば担任も怒鳴らずに済んだ、できないことを無理強いせずに済んだのです。
 しかし障害の重さや様相によって、それが可能な場合とそうでない場合とがあります。池田町ではそうはいかなかったのかもしれません。
 

【もちろん感情の問題もある】

 池田町の自殺した生徒にはできないこと、うまくいかないことがたくさんありました。本人も苦しんでいたのです。しかし外見は必ずしも“たいへん苦しい切ない子”だったとは限りません。
 20年前に私が初めて担任したアスペルガーの子どもについて、主治医が説明した障害特性は次のようなものでした。 
「我ままで身勝手、何もしない癖に、プライドは高い」

 その後たくさんの子どもたちと会ってそれがすべてではないことはわかりましたが、20年前の担任の子はまったくその通りでした。
 同情したくてもあまりにも可愛くない、可愛くないけど同情し、支えていかなければなりません。ですから頭に来た時は一歩引きさがり、職員室かなにかでしばらく頭を冷やして、それから再び戦場に戻るのが常でした。大変なのは教師も同じなのです。

 池田町では生徒から「ネチネチとしつこい」と表現される副担任は早々に諦めてしまったみたいで、「宿題ができないなら、やらなくてよい」と言ってみたり、どこまでやったのかと問い、課題をみたところ、本生徒がやってあると説明したところもできていなかったにも関わらず、深く追及することもせずに「わかったよ」と言ってしまう根気のない態度でした。

 しかし担任の方はそうではなかったようで、いつまでも大声で怒鳴り、締め上げようとします。もちろん私のように本気で頭にきているときがあり、それと同時に力づくでやらせようという思いもあったに違いありません。
 それが事態を事件へと導きます。
 

【けれど教師にも学校にも同情はしない】

 報告書は二人の教員を次のように断じます。
 専門機関での診察や検査を受けておらず断定はできないものの、本生徒には発達障害の可能性が想定される。 本生徒の場合、小学校当時に比べ成長を見せていたことなどから判断は容易でなかったとは思われるが、その可能性を意識していれば、本生徒への対応は変わっていた。また、発達障害の有無に関わりなく、本生徒の状況をよく観察すれば、本生徒の課題未提出や生徒会活動の準備等に対し、厳しい指導叱責が不適切であることに気づくことはできた。
 しかし、担任、副担任とも、本生徒の性格や行動の特性、気持ちを理解しないまま、宿題等の課題提出や生徒会活動の準備の遅れを理由に、担任は大声で叱責するなどし、副担任は執拗な指導を繰り返した。

 私はこの結論に異論を差し挟むつもりはありません。
 20年前の教師ではないのです。どうやってもうまくいかない児童生徒がいたら、発達障害の可能性を考え、医療に繋げることも含めてありとあらゆる手を打たなければならないことは今日の常識です。それを怠ったという意味で責任は免れないでしょう。

 そして同時に、問題を学校全体のものとして職員会議のレベルまで引き上げ全員で考えようとしなかった同僚にも責任があり、そうした体制を築かなかった校長の責任は最も重いと言えます。これを機に、福井県教委ももう一度指導の見直しを図る必要があるでしょう。
 

【だがこれはハラスメントではない、いじめでもない】

 ここまできちんと調べてみると、事件の姿は実によく見えてきます。私が手にすることの出来たのは報告書の「要約」だけですが、マスメディアの方にはさらに詳しい本編があって担当者は読んだはずです。それにもかかわらず、ニュース報道から「発達障害」を外すことによって事件をとんでもない方向にリードしようとしています。

 現在ネット上に飛び交っているのは、ひとりのいたいけな生徒を集中的に追い詰めた悪魔のような二人の教師の物語です。彼らは尋常ならざる言葉の暴力としつこさによって、生徒を3階廊下の窓へと誘い込み、そして蹴落としました。教員にはそういうヤツがいるのです。しかも二人は現在もノウノウと教員を続けています。

 彼らを殺人者として吊るし上げろとあちこちで言論の狼煙が上がっています。名前が特定され、校長・教頭とともに晒されようとしています。 そこには事件を教訓として、より良き道を探ろうといった意志はみじんも感じられません。
 マスメディアがつくった道はそこへと続いているのです。