カイト・カフェ

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「仮想口論に傷つく」~ネット上のやりとりで傷つかないために①

 巨大インターネット掲示板の「2ちゃんねんる」が突然有名になり、庶民の位置まで降りてきたのは2000年5月3日に起こった、いわゆる西鉄バスジャック事件からでした。
 これは“ネオ麦茶”を名乗る17歳の少年が「2ちゃんねる」上でからかわれ逆上し、佐賀県内で西鉄バスをハイジャック、九州自動車道から山陽道に移動しながら約15時間半に1名を刺殺し、2名に重傷を負わせた大事件です。
 とりわけ私たちを驚かせたのは、その事件の最中も「2ちゃんねる」では一部が煽り、一部は制止し、一部はうろたえ、一部は迷惑を訴えるいった状況がずうっと続いていたことでした。
 彼らはまったく懲りない。

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 【緊急研修――ネット掲示板の利用について指導せよ】

 事件を機に「2ちゃんねる」は一躍注目され、私たちも一度はアクセスするのですが「アゲ」だの「アボーン」だの「氏ね」だの、分からない用語が山ほどありそもそもが「巨大掲示板」ですから取りついたスレッドごとで様相が異なって、なぜそれが事件に結び付いたのかよく分からなかったのです。

 中でも特に困ったのが私を含む各校のコンピュータ教育の担当者たちで、早晩県教委あたりから「インターネット掲示板の利用についての指導をせよ」といった話が来るに決まっていますから早く事情を知る必要があったのです。
 ところがこの時ばかりは県教委の対応も早かった――。2週間もしないうちに県内の全担当者が集められ緊急研修が開催されたのです。もちろん私も参加しました。

 半日、座学でネット社会の状況や西鉄バスジャックの経緯について学んでから、午後から実地研修です。2部屋あるコンピュータ室のそれぞれに分かれ、ネット上のやり取りを体験するというのです。ただし対応が早すぎたからでしょう、模擬掲示板(BBS)のようなものが用意できず、実際に行ったのは相手との一対一のやり取りです。
 

【やり取りは簡単に荒れる】

「まず、簡単な挨拶から入ってください」
 担当者の指示で最初のキーをたたきます。
「こんにちは、今日はご苦労様です」といった調子です。

「しばらくは今日の研修の感想などについて話し合ってください」
 これも言われた通りします。
 そしてしばらくすると担当者はこう言います。
「そろそろ内容を荒らしてみましょう」

 そのとき私がどんな荒し方をしたかは覚えていません。おそらく、
「さっきのキミの、研修の感想、ちょっと甘いような気がした」
とかいったところから入ったのだと思います。それに向こうが反応して、こちらも挑発するという点ではかなりのやり手だったようで、私たちのやり取りはあっという間に荒れて行きます。そして最後の方では、
「てめぇ、研修が終わったら下の図書館前へ来い」
「分かった必ず行くから一人で来いよ!」
とまるで子どもみたいな本気のやり取りになっていきます。
 コンピュータの台数に制限があったため、ひとり5〜6分で次の人と交代、というやりかただったのでそれで終わりましたが、タイミングよく担当者が切り上げてくれなければ本当に殴り込みに行きかねない雰囲気でした。

【仮想口喧嘩に傷つく】

 私はすぐに研修名簿を広げ、相手を探しました。というのは担当者の配慮不足で名簿番号順に座らせたため調べれば分かったのです。
 番号を指で追いながらも、私の心臓は明らかに高鳴り、肺の底が浅くなったみたいに息が苦しくなって、私は本気で怒っていました。
 相手とのやり取りに腹を立てていたのではありません。コンピュータ上の仮想の口喧嘩で、真面目に傷ついてしまった自分に、衝撃を受けていたのです。いい歳をして――。

 たかがコンピュータ上の、身も知らぬ人間とのやり取りで(しかもいわば猿芝居で)、なぜ自分はかくも心を揺さぶられるのか――それが私の、それからしばらくの研究テーマとなりました。

(この稿、続く)