カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「それですべての子どもたちが幸せなわけではない」~超売り手市場の狭間で②

 6〜7年前の話です。
 当時特別支援学校の高等部に勤務していた私の妻は、就職相談のため近隣に企業巡りをしていました。その日、訪れたのは国内でも有数の大企業の子会社で、説明に「○○株式会社 特例子会社」という表現がつく、従業員の大部分が障害者という特別な企業です。

 障害者雇用促進法では、従業員50名以上を擁する企業は障害をもっている従業員を全体の2.0%以上雇用することが義務付けられています。ただし大企業の場合、何十人もの障害者が分散して各所に配属されることは事業効率の面から、あるいは障害者本人にとっても不利益であることが少なくないので、特例として障害者のための特別な配慮をした子会社を設立し、一定の要件を満たす場合にはその子会社に雇用されている障害者を親会社や企業グループ全体で雇用されているものとして算定できるようになっているのです。このようにして設立、経営されているのが特例子会社です。

 妻は大きな企業の子会社ということで緊張して社長室に入ったのですが、そこで腰が抜けるほどびっくりすることが起こります。なんとそこにいた“社長”は30年近くの既知、最近はやや疎遠になっているものの、夫(つまり私)が一か月おきに会って酒を飲んでいる高校時代からの友だちだったのです。あとで妻から「なんで早く教えてくれなかったの!?」と叱られたのですが、私も知らなかった――私生活には深入りしない関係なので、社長をやっていることすら聞いていなかったのです。

【その子たちは難しい――】

 それでいっぺんに打ち解けて持ってきた資料を間に置き、妻は生徒ひとりひとりについて説明して行きました。そして数名について話したあとで顔を上げると “社長”の表情が冴えません、ちょっと考え込んでいるようです。
「ダメ、そうですか?」
 妻が聞くと“社長”は名簿を指しながら、
「この子とこの子は大丈夫だと思う。だけどこちらの3人は難しいかもしれない――」
 実はその3人こそ妻にとっては本命だったのです。
「ウチは機械メーカーだから身体障害についてはほとんど問題ない。何か不自由なことがあればその人のための機械を用意したり工夫したりするのはむしろお手の物だ。
 知的障害も、真面目に一生懸命働いてくれるなら問題がない。というより実際にはそういう人のほうが真面目に一生懸命やってくれることは経験上よく分かっている。だから引き受けられる。
 けれど発達障害は、これまでインターンなどで何回か引き受けたことがあるがうまく行ったためしがない、組織が壊れてしまう」
 私の妻だからそこまではっきり言ってくれたのでしょう。

 しかし、“身体障害については何とかなる、知的障害も真面目に一生懸命やってくれるなら雇用できる”といった状況は特定子会社でなくとも同じです。
 ほんとうに困っているのは発達障害の子たちの就職なのであって、だからこそ一番理解の進んでいそうなこの会社に来たのに――そういった思いもなかったわけではありませんが、とにかく学校での様子を考えればとてもそれ以上押すこともできない、妻はそう考えて黙って帰ってきたそうです。

【技術革新が人を遠ざけ、技術革新が人を呼び戻す】

 2009年1月のニュースに「家電のタッチパネル急増、視覚障害者の利便性に課題も」というのがありました。
 それによると、
「iPhone」などをきっかけに電子機器でのタッチパネルの採用が急増しているが、一方で、目の不自由な人々があらゆる家電から遠ざけられてしまうとの懸念が生じている。
 米ラスベガスでは今週、毎年恒例の家電見本市、国際家電ショー(CES)が開かれているが、米有名ミュージシャンのスティービー・ワンダー氏が会場を訪れ、家電メーカーに目の不自由な人々にとっての必要性を考慮するよう訴えた。

というのです。
 それを読んだ時は私も、文明の進歩が障害者を置き去りにしていく残酷さに心を傷めたものです。
 ところがこの問題はあっという間に解消されたのです。家電がしゃべればいいだけだからです。そんなものはソフト上ですぐに何とでもなります。そうしてタッチパネルは、視覚障害者にとっても飛び抜けて便利な装置になったのです。

 またある時、私は夜の居酒屋の前で、スマートフォンを遠くかざして一生懸命手をひらひらさせている若者に出会ったことがあります。
 最初は何をしているのか分からなかったのですが、それとなく覗いてみるとスマホのテレビ電話を使って誰かと手話で会話をしているのです。何か素晴らしいものを見せてもらったような気持ちで、ほんとうにうれしかった。
 聴覚障害者が携帯電話で話をする――かつて誰がそんなことを想像したでしょうか?

 以前、技術革新が障害者からどんどん雇用を奪って行った時代があります。障害者にできそうな簡便な仕事がどんどん機械に取って代わられた時代です。しかし今、同じ技術革新が一部の障害者に雇用を取り戻させようとしています、しかもかなり高いレベルで。
 したがって障害者雇用は一部で非常に明るい兆しがあると言えます。

 しかし注意しなければならないのは、これは技術革新の“雇用を奪う作用”と“呼び戻す作用”の単純な綱引きではないということです。“呼び戻す作用”が強くなれば障害者全員の就職率が上がるという話ではなく、同じ障害者の中にも今後も奪われ続ける者と高いレベルで呼び戻される者がいるということです。

 今、空前の売り手市場と言われる中で私が気にしているのは、“それでも呼んでもらえない子”たちのことです。特に人間関係に課題を抱える子たちで、しかも研究者とか職人とかいった、人間を横に置いておいて何とかなる分野に才能も興味もない子たち、この子たちをいかにして社会に定着させるのか。SOHO(Small Office/Home Office:パソコンなどの情報通信機器を利用して、小さなオフィスや自宅などで行う事業)にも適性と限界があるとしたら、この子たちはどうしたらよいのか。

 本来は義務教育の段階から本気で考えて行かなければならないことなのですが、現在の状況では担任にそれだけの余裕はありません。とりあえず席に座って授業に集中させるだけで精一杯、友だちと喧嘩しないようにするだけで手いっぱいなのですから。

 あの子たちはこれからどうなっていくのか。