「タバコとがんの話」〜楽観と悲観と懐疑の狭間で

 明日5月27日は、いわゆる「神戸連続児童殺傷事件」の三人目の被害者が、無残な遺体となって発見されて20年目にあたる日だそうです。

 この事件は少年法の問題や事件報道のあり方、目撃証言の信ぴょう性や専門家と称する人々のいい加減さなど、さまざまな点で勉強させられた、私にとってはとても思い出深いそして意義深い事件でした。

 

 おそらく当時教員をしていた人の中で、私はもっとも深く事件に関心を寄せ、リアルタイムで事件を追い、時には一緒に警察の誘導に引っかかって間違った方向に進んでしまった、そういう人間の一人です。なぜならそのころ、私は大都市のがんセンターで手術の準備をしながら、朝から晩までニュース番組を見ていたからです。メディアがどう間違ったかもつぶさに見てきました。しかし今お話ししたいのはそれではありません。

「神戸事件」が20周年なら、私の病気も20周年ということです。20年もたてば再発を心配するより新しいがんのことを気にした方がいいでしょう。

 

【がん治療の現状】

 この20年の間に、がんに関わる環境は随分変わりました。

 感覚的にも統計的にもがんの罹患者や死亡者はやたら増えていますが、これは結核だとか脳血管疾患だとかで死ぬ人が少なくなり、しかもがんになりやすい高齢者の割合が増えたためで、統計を年齢調整するとガン死はむしろ少なくなっているのです。(下図)

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 私が手術を受けた病院でも、当時ステージ3Aの5年生存率(いちおう治ったと判断される割合)が25%、3Bが7%と言われたのが、今やそれぞれ40%、20%を越えるまでになっています。

 だからがんは「治らない病気」ではなくなっています。しかし「治る病気」になった訳でもありません。

 

 

【がん報道の気になるできごと】

 さて、歌舞伎役者の中村獅童さんが肺腺がんに罹り、来月手術を受けるという報道がありました(5月18日)。その中でいくつか気になったことがあったのでメモしておきます。

 

 ひとつはマスコミも混乱した「肺腺がんに罹った」という言い方です。

 多くの人がそうであるように、獅童さんもまたがん患者としては素人なのですね。ここは「肺がんが発見されました。がんの種類は肺腺がんです」という言い方をしておけば混乱も少なかったのです。普通、がんの部位(罹患した臓器や場所)は気にしても、がんの種類までは気にしませんからその程度で良かったのです。しかし「腺がん」と言ったことで余計な情報も入ってきます。

 

 それは「喫煙との関係はない」というものです。

 女性の比率が高いことからそんな誤解が生じたのかもしれませんが、冗談ではありません。たばこを吸う人は吸わない人 に比べて、男性では2.8倍、女性では2.0倍、肺腺がんになりやすいのです(国立がん研究センター資料)。

 もちろん同じ肺がんでも扁平上皮がんや小細胞がんだと男性で12.7倍、女性では 17.5倍ということですからその違いは歴然としていますが、「関係ない」というのは言い過ぎですし「関係が薄い」と言っても不正確です。

 

 もうひとつ首を傾げたのは、

「今見つかったのが奇跡的と言われる程の早期発見で、この状況ですぐに手術をすれば完治するとの担当医師からのお言葉」

という表現です。

 医者はどういうつもりでこんな言質を与えてしまったのか。

 

「超早期の肺腺がんはほぼ100%治る」と書いたものを読んだこともありますが、ほぼ100%と100%では意味が違います。

 飛行機は99.99%安全だと言われても、残りの0.01%に当たった人には何の慰めにもなりません。0.01だから小指の先だけ傷めるという話ではないからです。

 

 私が気にするのは、やはりがんで現在闘病中の小林麻央さんのことで、そうしたおいしい話に次々とつられ、状況を悪化させてしまったのではないかとそんな気がするからです。

 もちろん市川家のかかる医者ですから一流に「超」のつくような名医ばかりでしょうが、それでも間違うことはあるということと同時に、病気に関して楽観的な要素と悲観的な要素の両方が出てきたら、悲観的な方に準拠して対応すべきだというのが危機管理の常道だと思うのです。それがそうならなかったのは、よほど医者が甘かったのか――。

 

 がんという病気はステージ1の早期でも悪化し死ぬこともあれば、ステージ4でも完治することのあるミステリアスな病気なのです。

 悲観も楽観もしてはいけないはずです。

 

 

【さて屋内禁煙をどうするか】

 今、国会では「原則屋内禁煙」の厚労省案をめぐって与野党が侃々諤々の大議論を行っています。一方に副流煙の1mgも吸わせないといった強硬な禁煙論者がいて、他方には店ごとの分煙でいいじゃないかといった曖昧派がいて、さっぱり納まりの付く様子が見られません。

 健康の危機管理の原則からすれば、当然全面禁煙がいいに決まっているのですが、この問題に関しては素直になれない事情があります。10年以上前、この国で最も早く屋内禁煙、敷地内禁煙が実施されたのが学校だったからです。

「できることから始めよう」と「弱いところをまず叩こう」が混同される場合がままあります。

 

 今回の「原則屋内禁煙」も小さなスナックや居酒屋から始めるのではなく、もっと先にやるべきところがあるように思うのです。

 国会議事堂および議員会館敷地内、迎賓館、一流ホテル敷地内、コンサート会場・劇場内の楽屋・控え室、高級料亭・・・いずれも私たちには縁のない場所ですがね。

 

 何かスッキリしない結論ですが、私は自分がとんでもない目に遭い、タバコは百害あって一利なしと十分知っているのに、医療費抑制や受動喫煙反対が振りかざされて、無抵抗の喫煙者が追い詰められて行くのをみると、何か素直になれません。