「遠いあの日」7〜私は何者か

 私はあの、個性的で活動的でカッコよくアクの強い「団塊の世代」の次の世代、いわば「遅れて来た青年」の中にいます。なんと呼ばれているかと言うと「ポスト団塊世代」――そういう名前なんだと最近知りました。ただしもっと有名で私たち自身にもしっくりくる別の呼び名もあります。

 しらけ世代

 それが私たちです。

しらけ世代の出自】

 しらけ世代と呼ばれるのはほぼ1950年から1960年代前半までに生まれた人々で
「日本の学生運動が下火になった時期に成人を迎えた、政治的無関心が広まった世代」
「世相などに関心が薄く、何においても熱くなりきれずに興が冷めた傍観者のように振る舞う世代」
「真面目な行いをすることが格好悪いと反発する思春期の若者」
といったふうに定義されます(Wikipedia)。

 しかし私見によればその中身も年代ごとにほぼ三分割され、1950年代前半に生まれた私たち第一世代はほぼ「団塊未練派」、55年〜59年生まれが「無共闘派」、60年〜64年生まれが「新人類」です。

 
【三種のしらけ】

 成人式を迎えた年で言えば第一世代は1970年〜74年ごろ。
 つまり学生運動が表舞台から消え、「こんにちは、こんにちは」の万博も終わって第一次オイルショック(1973年)のあったころ、
「華やかで勢いがあって個性的・独創的、自分たちの未来には輝かしいものしかないと信じられた高度経済成長は70年大阪万博を頂点に終わってしまったんだよ。あとは長い長い、暗い暗い社会と人生が残っているだけなんだよ」
と思い知らされた時期です。
 従って前時代へ未練を引きずり、しばらく悪あがきもしました。

 第二世代の成人式は1975年から80年ごろ。
 学生運動の終焉を小学生として眺め、輝かしい高度成長期も十分に享受することなく成長してきた彼らは、社会の暗さを当たり前だと感じながら大人になってきたました。
 三無主義(無気力・無関心・無責任)という言葉がささやかれ(後に「無感動・無作法」を加えて五無主義)、暗く、沈潜した感じがあります。

 電気冷蔵庫・電気洗濯機の普及率がほぼ100%、電気掃除機とカラーテレビの普及率が90%を越えたのが75年(主要耐久財の世帯普及率の推移)。高校進学率が90%を越えて頭打ちになったのもこの時期です。
 頑張って何かを手に入れれば幸せになるという時代ではなくなったのです。もうそれらは手に入ってしまいました。

 「登校拒否」という名前で不登校が社会問題となり始めたのも75年ごろ、スペースインベーダーゲームの大ヒットが78年ですから時代の雰囲気はおのずと知れてきます。
 暗く、しかもドベーっとした感じです。

 ただし同じ「しらけ世代」でも、第三世代となるとずいぶん雰囲気は変わってきます。
 1980年代前半に大人になった子どもたちは生まれついての低成長経済の子、いまさら暗い気持ちになったりしないのです。
「みんなが貧乏なら貧乏もまた楽し」です。
 妙に明るい彼らは「ネアカ族」とも呼ばれ、おしゃれでスマートな感じがありました。
 音楽で言えば松任谷由実を筆頭とするニューミュージック、小説は「何となくクリスタル」。ブランド志向が強く一点豪華主義でけっこういい持ち物を手にしていました。
 彼らは大人たちの理解の範疇を越えていましたから「新人類」などと呼ばれました。
 もちろん政治などには関心がなく、企業や社会の発展に尽くそうといった気概も感じられません。その点で「しらけ世代」の名に恥じません。

 ただしそんなシラーっとした雰囲気の中、バブル景気(1986年〜1991年)の足音はひしひしと迫っていたのです。

 

【話を元に戻して・・・】

 さて、NHK朝の連続ドラマ「べっぴんさん」から始めた今回の話ですが、テレビの方は今週、いよいよ部隊が1973年になりました。
 そうですオイルショックの年です。
 主人公の会社の2代めは張り切って商売の手を広げようとしています。
 今朝の場面は73年の夏。オイルショックは10月から始まります。

 連続ドラマ、何が起こるかわからず見るのも面白いですが、知っていて見るのもまた楽しいものです。

 

                         (この稿、終了)