カイト・カフェ

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「常識はなぜ働かなかったのか」〜デコポン2号

 10年ほど前、北朝鮮が長距離ミサイル・テポドン2号を打ち上げた翌朝、一番で登校した5年生の女の子がいきなり職員室に顔を出して、

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「先生! 大変! 大変! 北朝鮮デコポン2号を打ち上げたんだよね!」
――ま、デコポンなんて平和なものは打ち上げないと思うが・・・。

 膨大な情報に曝されている子どもたちが、何に興味を示してどんな情報を採用し、どんなふうに利用するかは予想できません。しばしば彼らは私たちの想像を軽く飛び越えてしまいます。
 “VXごっこ”とかいって友だちの顔に背後から雑巾をかぶせたり、嫌いな子のいじめに使ったりしないか――心の隅で少し警戒しておいた方がいいかもしれません。いざことが起こったときに瞬間的に反応できるように。

 あるいはそうではなく、中学校や高校ではもっとまじめな観点から質問してくる子どももいるかもしれないので答えられるだけの用意はしておいた方がいいでしょう。
 最新のファッションや音楽については疎くても構いませんが、社会問題や国際問題にあまりにも無知だと教師としての威厳に関わります。
「VX? 紫外線対策だっけ?」
では話になりません。

オウム事件の反省】

 幸い(とは言えませんが)、VXは私たちに馴染みの深い物質です。
 22年前、オウム真理教による一連の事件の中でサリンとともに使用され、再三耳に届いてきたものだからです。もっとも使用例がひとつだけでしたからサリンほどは有名になりませんでしたが。
 それでもVXがサリンと同じような化学兵器であると知っていることは、今回のニュースを見るうえで特別な意味を持ちます。それは「(毒物が)VXなら必ず国家レベルの犯罪だ」とすぐに思うことができるからです。簡単に作れるものではないのです。

 私たちは23年前、とんでもない過ちを犯しました。1994年の6月に起きたいわゆる松本サリン事件の際、警察・マスメディアとともにほとんどの日本人が第一通報者を疑ったのです。
 この事件については様々に考察されていますので詳しくは調べていただければいいのですが、私が今でも悔しく思うのは、「サリンは民家の裏庭で簡単に合成できる」というガセネタ――今でいうフェイク・ニュースを簡単に信じてしまったことです。

【毒ガス・サリンの簡単な作り方】

 私は当時かなり熱心な「松本サリン事件ウォッチャー」だったのでよく覚えているのですが、当時マス・メディアはこぞって「裏庭で金属ボールを使って農薬を調合しているうちに、誤ってサリンを発生させてしまった(と本人が言っている)」と報道し、8ヵ月の後の地下鉄サリン事件が起きるまで誰も疑いませんでした。
 テレビのワイドショウは繰り返し“専門家”を出演させ、「サリンは少々の科学的知識と原材料があれば自宅でも簡単に合成できる」といった話をさせていました。その原材料がほとんど入手不能という話は事件が終わるまで出て来ません。だれもそこまで調べなかったのかもしれません。

 被疑者は化学に素養のある人で、家の物置から数種類の農薬が発見されたことで不審は一気に高まります(あとで聞くとそれはバルサンとスミチオンという、家庭菜園や庭園のある人なら必ず持っているいそうな農薬でした)。さらに被疑者とされた人の、とても冷静で落ち着いた人柄も、この時ばかりはかえって疑念を掻き立てたのです。

 のちに富士山麓オウム真理教総本山に捜査が入り、サリン製造工場である第七サティアンの内部が公開されて初めて、「ああ、サリンを製造するってこんなに巨大な工場設備が必要なんだ」と驚かされます。

【働かなかった常識】

 しかしそれはそうでしょ、サリンが自宅の裏庭で数種類の農薬を混ぜてできるようなら、世界中でサリン誤発生事件が起きていても不思議ありません。テロリストはこぞってスミチオンとバルサンと金属ボールをもって世界を駆け回っていたはずです。

 サリンは簡単には作れない、だから青酸カリのような管理システムもなければトイレ掃除の際の「塩素系の洗浄剤と酸性タイプの洗浄剤を混ぜて使用しないでください。有毒な塩素ガスが発生します」みたいな注意書きも見かけない、ちょっと考えればその程度は理解できたはずです。
 なぜそんな常識が発動しなかったのか。
 なぜ私たちはああも簡単に騙されてしまったのか。
 なぜ“専門家”たちはあんな無責任な話し、マスメディアはそんなフェイク・ニュースを流し続けたのか――。

 以来すべてのニュースは眉に唾をつけて接するようにしていますが、それでもしょっちゅう騙されます。

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