「いじめ問題のオルタナ・ファクト」①

 オルタナ・ファクト(=オルタナティブ・ファクト《Alternative Facts:もう一つの真実》)問題の発端は次のようなものです。

【発端】

 先月20日トランプ大統領就任式のあと、マスメディアが観衆は25万人〜60万人に留まった(オバマ大統領の第一期は180万人〜190万人)と発表したのに対し、新大統領自身は「過去最高の観衆だった。少なくとも150万人はいた」と述べ、翌21日、スパイシー報道官が「メディアに出回っている大統領就任式の聴衆の写真は、人数が少なく見えるように偽装されている」と大手メディアを挑発した上で、「トランプ大統領の就任式に集まった聴衆は過去最大だ。以上!」と言って席を蹴った。

 さらに翌22日、テレビ番組に出演したケリーアンコンウェイ大統領顧問は司会者に「(報道官に)なぜ反証可能な嘘をつかせたのですか?」と突っ込まれ、その後いくつかのやり取りがあったあとで、口にした言葉が次のようなものだったのです。
「そんなに大げさにしないで。あなたは嘘だといいますけどね。ショーン・スパイサー報道官は、オルタナティブ・ファクトを示したんですよ」
 これには司会者も度肝を抜かれ、
「ちょっと待ってください。オルタナ・ファクト? オルタナ・ファクトは事実じゃありません。嘘です!!」
と叫び、その瞬間からこのやり取りは世界を駆け巡ったのです。

 参照トランプ大統領報道官が初会見で嘘→大統領顧問「嘘じゃない。オルタナ・ファクトだ」→Twitter炎上BuzzFeed(2017/01/23)

 それはそうでしょう、世界の大国アメリカ合衆国の大統領府が、
「世界には二つの事実がある。客観的事実と『もう一つの事実』だ。我々は後者に従って政治を行っていく」
と宣言したも同じなのですから。
 

 オルタナ・ファクトは議論を封じる】

 ドナルド・トランプに翻弄される人々は事実を示して説得しようと考えています。例えば明後日トランプと会談する安倍首相は、“日本が膨大なアメリカ軍駐留費を払っている”とか“トヨタアメリカに大量の雇用を生み出してる”といった話をたくさん用意していくでしょう。
 しかしそのやり方がどこまで有効かはわかりません。たとえ説明したところで、
「分かった。ただしそれは単なる客観的事実だよな。もうひとつの事実(オルタナ・ファクト)によれば、日本は駐留費の半分も払わず、トヨタは合衆国で何の雇用も生み出してはいない」
「そんな事実を示す証拠はないでしょ?」
「証拠があるかどうかは重要ではない。大切なのはみんなが私を支持しているということだ」(←これよく使われる論理)
 これではもうそれ以上の突っ込みようがありません。
 

オルタナ・ファクトはあふれている】

 しかし考えてみるとネットの世界は常にオルタナ・ファクトが氾濫していたとも言えます。
 前にも書きましたが、
エリア51には今でも宇宙人の遺体と宇宙船の残骸が保管されている #オルタナ・ファクト(そしておそらくこちらの方が正しい)」
ケネディ暗殺事件は軍縮政策に反対する南部産軍共同体の陰謀 #オルタナ・ファクト(そしておそらくこちらの方が正しい)」
アポロ11号は実は月へ行っていない #オルタナ・ファクト(そしておそらくこちらの方が正しい)」
 ・・・トランプ政権はネット市民の強力な後押しによって生まれた政権です。
 もしかしたらコンウェイさんにとって「オルタナ・ファクト」という言葉と概念は、日常的で身近なものだったのかもしれません。
 マスメディアに対する不信を常に抱えているため見聞きした “事実”はすぐにオルタナ・ファクトに相対化されてしまう。そういった普段の考え方がさっと口を突いて出ただけなのかもしれないのです。

 ところでオルタナ・ファクトはネットの中だけのものなのでしょうか?
 そう考えると私は別のものが心に浮かびます。
 

 慰安婦問題のオルタナ・ファクト】

 従軍慰安婦問題に関する日本側の立場はかなりはっきりしています。
従軍慰安婦と呼ばれる人々が実在したことは確かだ。戦争中も戦後も、彼女たちが非常に苦しい立場にあったことも理解してる。その人たちの痛みが十分に癒されなかったいうことも事実かもしれない。
 しかし日本軍が組織として関与したという事実はない。ましてや軍用トラックで村々を襲い、無垢の婦女子を拉致して慰安婦にしたというようなことは絶対になかった、最低でも“客観的事実”としてそれを示す資料は存在しない」
 そしてカッコつきで強く思うのは(日本人の名誉として、ありもしなかった慰安婦狩りや性奴隷のようなことを、絶対認めるわけにはいかない)ということです。

 それに対して韓国の多くの人々が主張しているのは、
「そうは言っても現実に元慰安婦のおばさんたちがいるじゃないか、辛い過去を語って今も苦しんでいるじゃないか、資料と言ったって日本軍の重要書類は1945年8月15日から数日の間に焼かれてしまった、ソウルでも東京でも、その他の町々でも。
 自分たちの手で消してしまっておいて、その上で『資料がない』というのは卑怯の極みだ」
ということになります。

 ある意味、トランプ政権よりははるかにましですが、ふたつの事実があって互いに押し立てているという点ではまったく同じです。

 では日本は――わが国の内部では客観的事実が大切にされ、オルタナ・ファクトが出てこないかと言うとそうはいきません。
 それは例えば、いじめ問題がメディアに乗るときに顕著に現れます。

(この稿、続く)