カイト・カフェ

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「教師の役得」〜かつて映画の招待券をもらっていたことがある①

 11月も押し迫り、そろそろお歳暮のことを考えなくてはいけない時期になりました。我が家の場合はもう何年も前からミカンと決まっていて(別に産地ではないのですが)、「どうせ今年もSuperTさんのウチから来るに違いない」とアテにして買わない家もあるとか――それはそれで期待される良いお歳暮だと悦に入っています。

 さて30年近く前、この時期に突然、都会に住む義理の姉から電話がかかって来て、
「ねえTさん、学校の先生って何を贈られたら喜ぶの?」
 とか聞かれます。
 何の話か分からないので聞き返すと、
「ホラ、お歳暮のシーズンでしょ。最初お酒とも考えたんだけど、なんか先生のところって酒屋さんが開けるくらいあるっていうし・・・」
 私はびっくりしました。そんな話、聞いたことがありません。
「いや、こちらの県では教師にお歳暮なんて聞いたことがない、私ももらったことがない、だから何がいいかと聞かれても答えようがない」
と返事をしました。
 義姉は何か不審めいた雰囲気でしぶしぶと引き下がり、電話を切ってくれましたが、私としてはただひたすら、彼我の違いに驚いただけでした。
“給料も待遇も数倍いい上に、さらにお歳暮かよ!”

 それが事実だったかどうかはついに確認しませんでしたが、今では都会だって担任教師に対するお歳暮などといったことはなくなっているに違いありません。公務員の役得に、世間はそんなに寛容ではないのです。
 そもそも担任教師にお歳暮と言うこと自体が特殊で、学校社会というのはもともとクリーンな社会で、最近では教材会社から預かった見本ですら丁寧に返還しなさいといったふうになっていますから、贈賄とか供応といったこととは縁がないのです。
(教材会社が検定中の教科書を見せて謝礼を払ったという件についても、贈収賄・供応に当たらないと以前お話ししました)

 それでは教員であることで何らかの役得はまったくなかったのかとよおく考えたら、ひとつ、それらしいものを思い出しました。映画の招待券です。

 今でこそシネマ・コンプレックスといった特殊な映画館があちこちにできて、しかもヒットが続いたこともで映画産業も多少の盛り返しを見せていますが、私が大人として生きてきた時代の大半は斜陽産業でした。地方の映画館など、どんどん廃業してしまう。
 そうした衰退の中で、学校の長期休業中に行われる子ども向けの映画特集は、地方の映画館にとってはドル箱でした。そこで教育委員会を通して、小中学校に割引券を持ち込んだのです。
 子どもが観に来るときは親も必ずついてきますから(「子どもだけで映画館や劇場に入ってはいけない」という校則は映画館のためにつくったのじゃないかと疑ったことがあります)、かなりの収入となったはずです。
 そんな民間企業に学校が協力する義理もないのですが、もともと配給会社の方で「文部省推薦」みたいなお墨付きをもらってあったり、衰退しつつある地域の振興という意味で自治体からも圧力がかかりますので、教委も断りにくくすんなりと学校に持ち込めるようになるのです。

 もっともそうは言っても担任の先生に人数分の割引券を配ってもらうわけですから映画館側もきまりが悪く、そこで館の無料招待券を数枚置いて行きます。そこには学校の先生なんて年中忙しがっているから配ったところで実際来たりする人は少ない、といった計算もあったのかもしれません。ところがその無料招待券を、私はけっこう熱心に使ったのです。
 映画が好きでしたし、観てきたものについては生徒にもよく話しましたから、
「私の話を聞いて生まれる映画ファンは10人、20人じゃ済まないから、映画産業に貢献しているようなものだ」と、むしろ券を使うことに前向きだったりもしたのです。

 今ではとてもそんなことはできませんし、そもそも招待券自体が来なくなって久しいですから、すでに伝説みたいな話です。

(この稿、続く)