カイト・カフェ

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「絵画鑑賞の喜び」③〜ピカソは何をしたのか

 三十代も半ばを過ぎてスキーを始めました。
 娘が生まれて、いつかこの子にスキーを教え一緒に滑りたい――が表向きの理由ですが、腹の底には別の思いもあったのかもしれません。というのも、あとで気づくとそのしばらく前に映画「私をスキーに連れてって」が大ヒットし、ゲレンデに松任谷由実の「BLIZZARD」がガンガン流れる、つまり空前のスキーブームの真っただ中だったのです。

 つまり私はもっともブームに乗りやすいタイプというか、他人が楽しんでいるものが我慢できない性質なかもしれないのです。量子力学だの現象学などは分からなくても苦になりませんが、普通の人がちょっと頑張って楽しんでいるスキーだとかダンスだとかロックだとか、さらに頑張ってクラシック音楽だとか芸術だとかは、できなかったり分からなかったりするのが嫌なのです。嫉妬深いのか、さもしいのか。

 音楽について言えばモーツアルト、文学ならドストエフスキーなどには狂信的な信奉者がいます。美術で言えばもちろんピカソです。

 幸いドストエフスキーは「罪と罰」から入ったので、とっつきの悪い「カラマーゾフの兄弟」も難なく通過して人気の理由も理解できるまでになりました。しかしモーツアルトピカソはハードルが高すぎた――。
 モーツアルトは聞いても苦にならない心地よさはありますが、さっぱりいいように思えない。ブラームスやベートーベンのような重々しさとか荘厳さとか、奥行きの深さとかがなく、ひたすら軽くて鬱陶しいのです。
 映画「アマデウス」の中で、モーツアルトにイチャモンをつけようとする皇帝が、表現に困って苦しんでいると横合いからお付きの音楽家が耳打ちをする場面がありました。「音が多すぎる」と言うのです。まったくその通りだと思いました。ウザイのです。
 ただしこの問題、「レクイエム」を繰り返し聞いて、「アヴェ・ヴェルヌ・コルプス」など合唱曲に移り、さらに交響曲に戻っていくうちに、何となく解消されてきたのです。モーツアルトはやはりすごい!

 ところがピカソばかりはニッチもサッチもいきません。「ゲルニカ」や「泣く女」でどう心を動かしたらいいのかまるで分らないのです。

 ただしこれも大規模なピカソ展を観に行くとすぐに分かることです。

 多くの場合、芸術家には制作のピークというものがあります。
 デビューの時点にそれがあって後は鳴かず飛ばずという人もいますが、多くの作家は人生の後期にそれを持ちます。最晩年にもっともすぐれた作品を生み出すという人も少なくありません。
 いったん急速に上がった作品のレベルがそのままいつまでも続いき、いわば高原みたいな感じになって継続する人もいます。いつまでも同じレベルの作品を、次々と生み出すような芸術家たちです。安定しているといえば安定していますが、つまらないといえばつまらない作家です。
 しかしたいていの芸術家は人生に2〜3回のピークがあって、それぞれの時期に素晴らしい作品を何点も生み出しています。一昨日までにお話ししたダリやモネも、もちろんそうした偉大な芸術家のひとりです。
 ただしピカソは違います。彼はピークが何度も何度も繰り返される、いわば連山のような巨匠なのです。

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 Wikipediaに要領よくまとめてありますが、彼の作品は、
「青の時代」(1901年〜1904年)
「ばら色の時代」(1904年〜1907年)
「アフリカ彫刻の時代」(1907年〜1908年)
セザンヌキュビスムの時代」(1909年)
「分析的キュビスムの時代」(1909年〜1912年)
「総合的キュビスムの時代」(1912年〜1918年)
新古典主義の時代(1918年〜1925年)
シュルレアリスム(超現実主義)の時代」(1925年〜1936年)
ゲルニカの時代」(1937年)
「晩年の時代」(1968年〜1973年)
と呼ばれるいくつものグループに分けられ、それぞれの時代で色調も作風も全く異なってます。そしてそれは画家の成長の過程ではなく、それぞれが独立して意味ある一群なのです。

 ピカソの本名はのもすごく長いことで知られ、、
 パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・シプリアノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード (Pablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno María de los Remedios Cipriano de la Santísima Trinidad)
と言いますが、その名前の数だけピカソがいて、それぞれ全く違った作風の絵を描き彫刻を残しているのです。
 その作品数およそ15万点(油絵と素描1万3500点、版画10万点、挿絵3万4000点、彫刻と陶器300点など)。
 それにもかかわらず1937年の2作品(「ゲルニカ」「泣く女」)だけを見せて何か感じろと言われても、そもそもが無理なのです。

 ピカソの絵がたっぷり見られるサイト(「MUSEY」)を見つけましたので、ぜひともご覧になってください。
 ネットで観るのは本道ではありませんが、それだけで理解できることもたくさんあります。