カイト・カフェ

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「人は結局、自由よりも制服が好きなのかもしれない」~自由制服の話④

 いわゆる「70年安保闘争」を、私は高校一年生で経験しました。
 とは言ってもそれはテレビや新聞の中だけでであって、田舎はいたって平和なままでした。「安保」についても直接話したり誘ったりしてくれる人もいないので、私などには何が起きているのかさっぱりわかりません。ただしベトナム反戦と絡んでいたので、「どうやら安保反対は戦争反対と対のものらしい、だとしたら正義は学生側にあり、それを抑え込もうとする政府は間違っている(らしい)」、そんな理解をしていたと思います。

 もちろん、だからと言って何時間も列車に揺られて東京へ向かい、「安保闘争」に加わる気にもなりませんし周囲にそれを行うような状況もありませんでした。ただ何となく、将来、大学生になったら自分も必ずこの運動に加わり、“正義”を行おうと、そんなふうに考えていました。

 ただし、そんな田舎ののんびりとした雰囲気の中にも、だいぶ遅れて反権力の動きが出てきました。それは先輩たちの主導した「制服廃止闘争」です。

 ここでも私はよく分かっていなかったのですが、どうやら“制服”というのは権力が自分たちに都合の良い高校生を創るために編み出した特別の装置のようで、先輩たちの説明によると、太平洋戦争末期の学徒出陣でも、大学生たちは制服に銃を担いで戦場に向かったらしいのです。
 だから制服は廃すべきだ、と生徒集会で声高に叫ぶ3年生を見ながら、けれど1年生の私は特に発言することもなく、ただ食い入るように事態の推移を見つめていました。
 そうこうするうちに各クラスで意見をまとめて来いということになったので、教室では私も精一杯の発言をし、結論をもって翌週の生徒集会にいくと、けれど学校側はあっさりと――実にあっさりと、3学期からは制服はなしと認めてしまったのです。全くの拍子抜けです。時代がそういう方向に流れていたのでしょう。先生たち自身が、
「制服なんて、なくてもいいやな」
とか言っている始末でした。

 私の学校ではたいした事件となりませんでしたが、しかし制服をやめる、丸刈りの強制をやめる、校則を見直して生徒本位のものにする、といったことは当時の高校ではけっこう厄介な問題で、本気でそれを獲得しようとした高校生も少なくありませんでした。ですから獲得した制服自由化は、簡単に手放してはいけないものだったのです。
「権利は、常に行使していないと奪われる」
 それが鉄則です――教員になっても熱心に説いていたのはそういう考え方なのですが、それを大上段に振りかざして話している最中に突如現れたのが「なんちゃって制服(自由制服)」なのです。

 制服のない自由な学校の生徒たちが、“制服もどき”を自ら着始める。
「私にとって、短ラン・ボンタンよりも、コギャル・腰パンよりも、はるかに気に入らない」
というのはそういう意味です。どんな服装で登校してもかまわない、自由の保障された高校の生徒たちが、進んで他人と同じような服を着たがる、それが面白くないのです。「自由からの逃走」ではありませんが、せっかく手に入れた権利を、子どもたちは平気で手放そうとする――そんなことがあっていいわけはないのです。
 ところがこれと同じことがアメリカでも起きているというのです。

 アメリカの国民服と言えば今やTシャツにジーンズです。けれど昔からそうだったわけではありません。
 元を質せば生真面目なピューリタンが作った国です。謹厳で潔癖なことが求められ、白と黒と灰色の服しか着ない極めて被抑圧的な人々です。

 例えば19世紀のアメリカ女性はおそらく世界で一番子どもを産むことを強いられた人たちで、同時に高い母性と謹厳実直を求められた人々です。20世紀に入ってもその傾向は続き、それが自由保育を主張する「スポック博士の育児書」を熱狂的に受け入れる土壌となったのです。自由保育は赤ん坊を自由にすることを謳っていますが、同時にそれは母親を自由にすることでもあったのです。
 そうした抑圧を拭い去ったのが、1960年代以降の性革命です。ヒッピーやイッピー、ウーマン・リブといった運動を経て、ようやくアメリカ人はピューリタン的厳格主義からの自由を獲得したのです。
 女性たちはその過程で旧来の締め付け補正する下着を廃し、非活動的なスカートを捨ててTシャツとジーパンというスタイルを確立しました。
 男性も、例えばスティーブ・ジョブズがTシャツとジーパンで社長室に君臨するようなライフスタイルは、近年になってようやく定着したものであり、それはまさに自由の象徴だったのです。

 60年代から70年代にかけて社会の形を大いに変えた人々は、自分の獲得したスタイルで子どもたちを育て、子どもたちも同じように、自由で屈託のない人生を送るよう望みました。そして実際、二世たちもそのように育ちましたが彼らはそれを三世に引き継ごうとしなかったように見受けます。
 自由を渇望し自由のために戦った人々の孫たちは、あろうことかアナとエルサのような服装を好んだのです。

 今、アメリカの母親たちが、娘のために探し求めているもの。
 それは「パーフェクト」なドレス。
 水色のロングドレス、そしてキラキラと透ける白いケープ…。

 ディズニー映画「アナと雪の女王」のキャラクター、女王エルサが着ているドレスだ。
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 人間には自由よりも制限や束縛の方が好きな場合があるとも言えますし、「なんちゃって制服」を着ることで「服を選ぶ苦痛」から自由になるとか、アナやエルサの服を「自由に選ぶ」とか、様々な言い方がっできるのかもしれません。しかしそれにしても、自由を担っていくのはしんどいことです。