「自由制服の話」①

 30年以上前の話――。
 当時、中学校で担任していたクラスのN君はほんとうに勉強ができませんでした。
 今でいえばLD(学習障害)なのでしょうが当時はそんな概念はなく、ただ、生活力は旺盛で友だち関係も豊かだったので、今でいう特別支援学級に入れるつもりもなく、私のクラスで頑張らせていました。もちろん通級でもいいから支援学級に行かせておけば多少の成績向上は見込めたかもしれないのですが、言ったところでプライドの高い彼が肯うことはなく、私もその気になれなかったのです。しかし中学校も3年生になり、受験校を決める段になってお互いに切羽詰まってしまいました。受けられる学校がないのです。
 一番レベルの低い学校を受験させ、落ちたらそこから考えるという道もありましたが、最初から失敗するとわかっている道を勧める気にもなりません。もちろん失敗から学ぶということもありますが、希望のない道を歩かせるのは酷でしょう。そこで就職を勧めるのですが、彼は言うのです、「高校に入って短ラン・ボンタンを着るのが夢だった」と。
 短ランというのは極端に短い学生服の上着、ボンタンはダブダブで先のすぼんだエンタシスの柱みたいなズボン、上下合わせて当時の典型的なチンピラ高校生服なのです。
 私は言います。
「だったらなあ、就職して稼いで、誰よりも高価で立派な短ラン・ボンタンを買って着たらどうなんだ?」
 するとNは、
「高校にも行ってないのに、短ラン・ボンタンは着れん――」
(そりゃそうだな)

 先日NHKテレビで「自由制服」の話をしていました。
 自由制服というのは制服が指定されていない高校で生徒たちが着る「制服に似せた私服」のことで、正しくは「なんちゃって制服」と言います。「正しくは」というのはやはり変な感じもしますが、言葉としては「なんちゃって制服」が先で、それでは不謹慎だ、真面目な企業、マスメディアには馴染まないということで、公共の場で口にしてもいい「自由制服」という言葉ができたようです。ですから「なんちゃって制服」の方が正式なのです。ネットでも「自由制服」より「なんちゃって制服」の方がヒット数が多くなります。

 私が「なんちゃって制服」の存在に気づいたのはここ数年のことですが、その原型は十数年前からありました。それはある講演会で話をされた高校生の母親からでした。
「娘の高校は“標準服”という、昔は制服だったものが決められているだけで普通の私服、普段着で通っていい学校なのですが、娘はわざわざその標準服を着る、そして着崩す」
“そして着崩す”――私は分かるような分からないような、でもやっぱり分かるような、不思議な気分でした。
 子どもたちが望むのは常に“差別化”と“共通化”という、あい矛盾するものなのです。ひとことで言ってしまうと、「他人と同じじゃかなわない、けれどひとりだけ違うのもかなわない」ということです。

 私はかつて茶髪金髪で個性を主張してくる子どもたちに、
「ふざけんじゃねェ! 茶髪金髪なんて世間にいくらでもいるじゃねえか! ちょんまげにしろ! ちょんまげにして『これがオレの個性だ!』と言ってきたらオレも認めてやってもいい。校長と掛け合って、在学中はずっとそのままで通させてやる!」
とか言ってきましたが、子どもたちはそこまではできないのです。
 茶髪金髪も要するに「こちら側」を離れて「あちら側」に就く、つまり別なグループに属したことを表現するのもので、決して完全な差別化を図っているわけではありません。
 80年代の短ラン・ボンタンも、90年代のギャル・ギャル男も2000年代のカラーギャングもやっていることは皆同じ、こちら側の制服を捨ててあちら側の制服を着ただけの話です。

 しかし「なんちゃって制服」は違います。
 こちら側に打破すべき制服がありません。 

                               (この稿、続く)