「公務員は手を汚さない」〜豊洲・五輪・全国学テ①


 先週書いたように、私の家は公務員一家で半分は教員です。

 したがって公務員、特に教員にかかわる事件や事故、問題が発生した場合はとりあえず公務員(教員)側に立ってものを考えます。より有利な方向で推論するわけです。

 社会は公務員に対して往々にして冷淡ですし、マス・メディは基本的に反権力ですからどうしても疑念をもって見ます。したがって私のような公務員サイドの人間がいてようやくつり合いが取れる―――そう思っているのですがいかがでしょう。

 さて、私は若いころ、民間企業に6年ほど勤めた経験があります。しかし今でいうブラック企業(外に対しても、社員に対しても)でしたからその経験をもって「民間企業は〜」と語るのは不適切でしょう。民間企業にも様々な形があり、しっかりと社会に定着しているのが普通です。その点で公務員と何ら変わりはありません。

 しかし一方、友人の話を聞いていると、やはり金に対する感覚は違うなと思わざるを得ないことが多々あります。もちろん県庁や市役所の職員も金を扱いますが、少しでも節約すれば自分の収入が増えるという立場でものは考えませんから、どうしても甘くなるのです。

「税金は人様のお金だから大切に扱え」と言われても、基本的に人間は自分の金に厳しく他人の金には寛容なものです。

 

 いつだったか給食費未納の問題で友人と話した時、

「オレはやらないよ。オレはやらないけど・・・」

 としつこく前置きしたうえで、

給食費なんて毎月払うやつはバカだろう。

 払わんでいいとは言わんよ。だけど貯金しておいて年末とか卒業の時とかにまとめて払えば、その間の利子はこっちのものだ。そうやって生活の隅々まできちんとやれば、けっこうな金がたまる、そう考えるやつがいるのだ」

 それを聞いた時、「コイツ、もしかしたらやってるな」と思う一方で、たいしたものだなあとホトホト感心もしていました。私にはまったくない発想なのです。

 公務員は基本的にバカでまじめです。

 司馬遼太郎明治維新の成功について、その要因のひとつを「役人が賄賂を取らなかったこと」に求めています。

 同時期から今日に至るまでの日本を含む発展途上国の様子を比べると、明らかにこれは日本の金字塔です。新興国で役人が賄賂を取らない国などほとんどないからです。一介の市民が権力を上り詰めたとき、そこに襲いかかる誘惑や強要、詐術、罠は計り知れないものがあるはずです。

 薩摩や長州といった江戸からはるかに離れた、いわば辺境の、しかも下級武士が数年で国家権力の頂点に上り詰めた、それなのに誰も腐敗しなかった。大真面目に国の未来を思い、憂い、国のために粉骨砕身働いたのです。諸外国を見れば奇跡に等しいできごとといえます。

 日本の公務員はその末裔なのです。

 まじめで、正直で、気が小さいほどに細かく、丁寧で親切で、日夜、国民や住民のために粉骨砕身、真剣に働こうと思っている。それは学校・警察・消防なども含めると数百万人もいる公務員ですから、問題を起こす輩もふざけたヤツもいますが、それらはほんとうにわずかです。大半は、というより大部分は偏屈なほどに真面目なのです。

 しかしだからといって間違いを犯さないわけでもありません。みんながまじめで一生懸命だからダメになることもたくさんあります。

 太平洋戦争だって、公務員がもっとチャランポランだったらあそこまでひどい状況に追い込まれなかったと私は思っています。一人ひとりが仲間に迷惑をかけまいと本気で頑張ったからあんなことになってしまった、そう思うのです。

 今日で言えば、豊洲市場の地下空間問題やオリンピック予算の異常な高騰、あるいは全国学テの尋常ではない加熱などは、すべてその典型です。

                           (この稿、続く)