「アメリカ人は肩がこらない」

 知り合いがひどい肩こりになったという話を聞いてふと「ストレスで肩こりってことあったかな?」と思い、検索にかけたら思わぬ情報が出てきました。それは「アメリカ人は肩がこらない」というものです。

 それによると、

�@さまざまな調査によって外国人は肩こりを感じないことがわかっている。

�Aその中には日本人と同じアジア系である中国人や韓国人も含まれる。

�Bそもそも外国には「肩こり」という言葉自体が存在していない。

�Cだから、もし肩の周りの筋肉が張っていたとしても、自分の肩がこっていることに気付いていないケースが多い。

�Dただし、外国人が日本にきて「肩こり」という言葉を知ると、その瞬間から感じ始める。

�E肩こりは一種の「気づき」による精神的な疾患なのかもしれない。

�F実は日本人もこの「気づき」によって肩こりを獲得してしまった。

�G夏目漱石が「門」において「指で圧してみると、頸と肩の継目の少し背中へ寄った局部が、石のように凝っていた」と書いた一行によって、私たちは肩が「凝る」ことに気づき、以後肩こりに苦労するようになった。夏目漱石は絶大な人気作家だったから一気に広まった。

�H漱石以前に「肩こり」という言葉はない。

�I日本人が肩こりに気づきやすかったのは、低い位置で食事をしたりする生活習慣とのかかわりがあるのかもしれない。

 目からウロコ、耳から垢。

 何だ「肩こり」なんてほぼ100%精神性じゃないかと、さっそく困っている知り合いにメールし、このブログでも紹介しようと文章を書きかけ、そのうち初老性健忘症のために漱石の作品が「門」だったのか「それから」だったのか分からなくなって再検索。そのときたぶん、検索ワードを前と違うものにしてしまったのです。その結果出てきたのは、これ。

「肩こりは日本人特有の症状である!という定説の真偽について」

 え? あの話、ウソなの?

 結論から言うと、嘘ではないが間違い、誤りと偶然が重なってそうなったのです。

外国人に「肩こり」はないが「首こり」や「背中最上部こり」はある、英語で言えば、“Stiff shoulder”はないが “stiff neck”や “stiff upper back”はある、ということです。

 考えてみると、そもそも私たちが「肩こり」と呼んでいるのは腕の付け根(肩)の疾患じゃない。首、もしくは背中最上部の筋肉の“こり”です。だから“stiff neck”とか“stiff upper back”といえば外国人もわかるのに直訳して“Stiff shoulder”なんて言ったりするから「知らない」「聞いたことがない」ということになってしまったのです。

日本人だって「腕のつけ根のところ、こったことある?」と訊けば「そんなのないよなあ」となるでしょう。

 考えてみると最初、「外国人に肩こりはない」という話の最中に頭の隅をよぎったものがあったのです。何か微かに引っかかるもの――それは映画「座頭市」(北野武主演ではなくずっと昔の勝新太郎のもの)一場面です。その中で主人公の市はしょっちゅう他人の肩(腕の付け根から首にかけて)を揉んでいるのです。

 時代考証が甘い可能性もありますが、まさか按摩という職業自体がなかったということはないでしょう。江戸時代の日本人だって肩はこったのです。

 その場面にこだわっていれば、まんまと騙されることはありませんでした。

 上記のサイトによれば、

 肩がこるという表現は、文豪・夏目漱石が最初とされていますが、それよりも前から、肩が凝る、張るという表現は使われていたという記録は残っております。夏目漱石の作品が、肩こりという言葉を広めたというのは事実と思われます。それ以前の江戸時代には、肩こりに該当する言葉として、けんぺき(痃癖/肩癖)と呼ばれていたようですが、一般的ではなかったようです。

だそうです。

 私はときどきこんなふうにまんまと騙されることがあります。