「後世に伝えたいこと」

 最近まったく聞かれなくなった言葉に「戦前派」「戦中派」「戦後派」という言い方があります。第二次世界大戦を挟んで、青春時代をどこで過ごしたかで世代を分ける方法です。これがなくなったのはもちろん国民の大多数が「戦後派」になってしまったからですが、今後同じようにひとつのでき事を挟んで世代を分ける方法が出てくるかというと、私は東日本大震災とその復興期を挟んで、前か最中かその後かで分ける考え方が出てくるのではないかと思っています。いわば「震前派」「震中派」「震後派」です。

 東日本大震災は日本にとって大きな厄災でした。地震津波だけならまだしも福島第一原発の事故も重なって日本のあり方を大きく変えてしまったのです。しかしどんな不幸の中にもポジティブな側面は必ずあり、震災について言えばそれは日本人が日本人を見直す契機になったということです。

 それまではテレビで本でも、日本や日本人の欠点・短所をあげつらうことが進歩的で正しいことだと思われていたのです。“専門家”や“コメンテーター”たちは、

「だから日本は世界からバカにされるのです」

「そういう点で日本は欧米から10年は遅れていると言えますね」

そう言っていれば仕事になりました。しかし東日本大震災以降、空気は一変します。

 震災報道の中で世界に発信された日本人の姿――略奪もなく暴動もなく奪い合うこともなく、困難に耐え他人を優先し、列をつくりものを分け合う。愚痴を言わず絶望もせず、明るく前向きに、互いに信じあって難局を乗り切ろうとする――その姿は海外の人々の評価を経てようやく私たちのもとに戻ってきました。

そうだ私たちはこんなにも素晴らしかったのだ!

 3・11を挟んでテレビの内容も一変します。

「日本人のここが素晴らしい」「外国人の憧れる国」「まだあった日本の美点」

 それはもうほとんどやりすぎとも言えますが悪いことではありません。ようやく胸を張って自分たちを語ることができるようになったのですから。

 しかし昔から日本人がそうであったように話すのは間違っています。百年も前からそうだったこともあれば、ここ数十年でようやく今のレベルに達したこともあります。

 例えば私が子どもの頃、道路にはタバコの吸い殻があちこちに落ちていて、ジュースの空き瓶やパンの袋やらがいつも散乱していました。都会の空気はどんよりと曇り、川も悪臭を放っていたのです。長距離列車に窓から乗り込む輩がいます。仲間と一緒に座るには並ぶより効率が良かったからです。車内では飲み食いしたものはすべて座席に下に押し込みました。

 つまり昔から日本人が立派だったわけではないのです。世界に評価される「素晴らしい日本」は最近ようやくできあがってきたもので、まだ幼く、危ういものなのです。

 私たち震前派がそれを生み出しました。けれどその幼いものを大切に育て、強靭な力にしていくのは次の世代――東日本大震災と復興を多感な青春時代に経験し、本気でこの国を建てなおささなければならないと考えた、つまり「震中震後派」世代なのです。

 それが私の「後世に伝えたいこと」です。