「惑いのアスリート」〜リオ・パラリンピック終わる�A

 リオデジャネイロパラリンピックでは多くの超人を目にすることができました。

 たった一人で金4つを含む9つのメダルを獲得したブラジルの英雄、ダニエル・ディアス。彼が北京大会以来に獲得した通算メダル24個は、今大会で日本が獲得したメダル数と同じだそうです。両腕と片足に障害を持ちながら、圧倒的な泳力で他をぶっちぎりました。

 両腕のないエジプトの卓球選手、イブラヒム・ハマト。裸足の足指でピンポン玉をつかんで空中に投げ上げ、口にくわえたラケットで打つ姿には鬼気迫るものがありました。

 アメリカにおける障害を持つ子どもたちの、公平な競技参加を定めた“タチアナ法”を提唱した “ビースト(野獣)”タチアナ・マクファーデン(車椅子陸上)は今回も金4、銀2と大活躍でした。

 両腕が無いため背泳ぎのキックだけで世界一に輝いた鄭涛。同じく両腕がないために足と肩で弓を引くアーチェリーのマット・スタッツマン――。

 こういう人たちを見ていると「あの人たちは障害があるにも関わらず頑張っている(だからお前も頑張れ)」という言葉がむなしく聞こえます。あんなすごい人たちを引き合いに出されてもとても頑張る気にはなれないのです。同じことを求められてもできるはずがないと最初から投げ出したくもなります。

 そんな超人たちの中にあって、私は、極めて人間的な、迷いの多いひとりのアスリートに気が惹かれました。

 陸上の辻沙絵さんです。

 女子400mの銅メダリストですから彼女も超人仲間には違いないのですが、終始浮かない表情でメダル獲得の喜びを明るく語ってもすぐに曇ってしまうのです。それは最終種目の女子200mが終わった後のインタビューにも表れていました。

「(もともとやっていた)ハンドボールから陸上に転向してよかったですか?」

と問われて彼女はこう答えます。

「(転向して良かったと)100パーセントは思っていないです。まだ100パーセント良かったと思えるような結果ではないので。2020年にもっといいメダルを取って、100と200でもメダル争いに絡んで結果を出す。それができて初めて100パーセント(転向して)良かったなって思えると思います」

 辻選手は小学校中学校でともに全国レベルであるハンドボール部に所属し、高校は茨城県の名門、県立水海道二高でハンドボールを続けます。いわゆるスポーツ留学です。

 高校総体ではベスト8まで進み、さらに推薦で日本体育大学に進学してハンドボール部に所属するのですが、そこで監督からパラ陸上を勧められます。

高校時代3度に渡って膝靭帯断裂を経験し、大学に入ってもケガが絶えなかったこと、ちょうどそのころ日体大でパラ選手の発掘を行っていたことなど、様々な事情があったようですが、本人は振り返って、「ただショックだった」と言います。

 理解できます。ハンドボールを続けてきた彼女の10年余りは、何の遜色もなく健常者と戦えることを証明するための毎日だったからです。そのために血の滲むような練習にも耐えてきたのです。何を今さらパラ陸上なのか――そんな思いもあったようです。

 健常者に交じってハンドボール・プレーヤーとして国内の一流となるか、パラ陸上に転向して世界的アスリートになるか――困難の度合いとしては似たようなものでしょう。どちらもハンパじゃない。

 ただし実際に短距離走に挑戦してみると次々と記録を塗り替え、あっという間に代表選手として世界を相手にできるだけの力を発揮します。才能に恵まれ、ハンドボールで培った身体能力はそれくらいレベルの高いものだったのでしょう。

はじめはハンドボール部に籍を残したままでしたがやがて陸上に専念し、わずか1年半ほどで、リオの舞台に立ったのです

 

 今回のパラリンピックでの記録は、出場した3種目すべてで彼女としては平凡なものでした。そうした恨みもあったでしょう。10年間死ぬほどの思いで続けてきたハンドボールを捨てた以上、その対価は銅メダルだけでは不足だ、心の中でそう叫ぶものもあったに違いありません。

 陸上選手としてはまだ緒に着いたばかりのアスリートです。

 その選手としての、そして人間的な成長を注目して見ていきたいと思います。