カイト・カフェ

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「戦国と現代の母の物語」~真田丸の竹内結子がとてもよかった

 今週日曜(6月26日)の「真田丸」のラストシーン(ダイジェスト:3分40秒あたりから)は、とても感動的なものでした。
 豊臣秀吉の初めての子である鶴松が2歳2か月で死に、悲嘆にくれる太閤は遺骸の横ででんでん太鼓を鳴らす。ところが母親である茶々は部屋には入らず、廊下の端で庭を見ている。そこへ真田信繁(幸村)が通りかかるのです。
「鶴松さまのそばにいて差し上げなくて、よろしいのですか」
と問うと、
「だって死んでしまったんですもの、横にいたって仕方ないでしょう?」
 そう言ってしばらく間を置き、
「みんな死んでしまう、私の大切な人たち・・・」
 と呟いて信繁の元を去ろうとします。そこへ秀吉の正妻である北政所が通りかかり、軽くあいさつをして擦れ違おうとする瞬間、政所が茶々の肩を引き寄せ、抱きしめるのです。
 茶々は少し戸惑い、抱かれるに任せているうちに突然無表情が崩れ、幼女のように大声を上げて泣き始めます。そのまま二人で廊下にしゃがみこんで、延々と果てしなく鳴き続ける・・・そこでエンドマークが出ます。

 脚本家の三谷幸喜という人はしばしばおふざけが過ぎるのであまり好きではないのですが、今回はよくできた場面だと思いました。
 秀吉の側室の茶々(淀君)は、わがままで身勝手な、気の強い女として描かれることが多く「真田丸」でもほぼ同様なのですが、三谷の茶々はどこか浮世離れした、無感覚な人間として描かれてきました。それが今回の「真田丸」で一気に感情をほとばしらせるのです。

 茶々は言わば時代による被虐待の子です。無感動で無感覚、そのうえ衝動的で気まま、冷淡で残酷でもあったりします。人の気持ちに配慮しません。
 4歳で父親の浅井長政が母方の伯父である織田信長に殺され、幼い兄も秀吉によって処刑されます。
 14歳の時に母の再嫁先である柴田勝家が秀吉に攻められ、妹ふたりとともに戦火の中を落ち延びます。秀吉はかつての主君の妹である茶々たちの母親(お市の方)を何としても救い出したかったのですが母親は頑として拒絶、夫とともに自害して果てます。そして茶々と妹たちは秀吉の庇護を受けることになるのです。
 5年後、茶々は秀吉の側室となって翌年、最初の子鶴松を産みます。

 秀吉からするとかつて横恋慕していたお市の方にそっくりな、そして偉大な信長の血を引く茶々を側室にし、あれほど望んでも手に入らなかった跡継ぎの男児を手に入れたのですから有頂天です。しかし茶々の側から見ると、それは残酷な半生でしかありません。秀吉は幼かった兄の、そして最愛の母の仇なのです。その仇に庇護され、側室とさせられ子どもまで産まされるのです。
 そうした残酷な仕打ちのまえに茶々は感情のすべてを閉ざさなければ生きていくことができなかったのでしょう。逆らって死ぬことはできても二人の妹まで巻き添えにすることはできないのです。黙って耐え、運命に身を任せたわけです。
 しかし茶々がいつまでもそうだったわけではありません。下って大坂冬の陣・夏の陣の頃の主体的な淀君のことを考えると、どこかの時点で諦めに満ちたお人形の茶々から意志的な淀君に生まれ変わるのですから、今回の「真田丸」で感情を一気に奔出させたのは脚本家として良い判断だったと思います。

 さて、話はここから急に卑近なところに移りますが、つい先日、私の初めての孫であるハーヴが一歳の誕生日を迎えました。昨年9月のブログ(*)に書いたように出産のとき小さな事故があり、成長が心配された子です。その影響があるのかないのか、いまだによくわからないのですが何とかここまでたどり着きました。

 この一年はハーヴの成長を遠くから見守りながら、何かにつけて乳幼児の成長に関する言葉を検索にかけ調べる毎日でした。本来はそれほど神経質な性質ではないのですが、万が一ハーヴに問題が出るようならシーナや婿のエージュを支える体制をつくらなくてはなりません。そういう意味で普通の祖父母よりは多少神経を尖らせていたのです。
 そして調べる中で、主として現在進行形で子どもや自分自身の成長を報せる母親たちのブログを通して、今も子どもが普通に生まれてくること自体が奇跡であり、成長の過程は狂おしいほどの幸せと気苦労で満ちていることを改めて感じました。

 戦国に生まれ育った茶々は歴史に翻弄され人間性を失って秀吉の側室となって行きます(もちろん事実がどうであったかはわかりませんが)。それに比べたら現代はものすごく幸せな時代といえますが、しかし外に敵がいなければ内に敵が生まれます。この一年、私はずっとそれを見てきました。
 ハーヴが一歳になったのを機に、現代の乳幼児の親たちが抱える喜びと悩ましさについて改めて記録していきたいと思います。