「王様は湯河原だ!」

 舛添知事が辞職願を出したとか。もしかしたら不信任決議議会解散もあるかもしれないと、ドキドキしていましたのでとりあえずホッとしています(東京都民でもないのに)。こんな人のワガママのために、50億も100億もの血税が使われるのはやはり納得ができません。

 ご本人は「リオでオリンピック・パラリンピックが開かれている最中に選挙をやるなんて、それでは東京が笑いものになる。どうか東京の名誉を守ってもらいたい」とか言ったそうですが、全会一致の不信任を突き付けられ、翌月失職するはずの知事が五輪旗を受け取りに行く方ががよほど笑いものです。そのあたりがなぜ分からないのか。ご本人がそうは感じないとしても、あれだけ頭のいい人ですから、世の中にはそのように考える人がたくさんいると頭で理解することはできたと思うのですがどうしたのか。

 分からないと言えば、

「野球観戦はある団体から知事として家族を招待されたものだが、その団体名は言えない」

N響のコンサートもある団体から招待されたものだが、その団体についても言えない」

「正月に会議をした相手は出版社の社長だが先方のあることなのでそれも言えない」

 自分に不利なことは言わなくてもいい権利くらいはあると思いますが、それで知事を続けられると思うところは分からない。もう途中からは“呆れる”を通り越して感心していました。

 それくらいすごい人ですからマスコミから追及されても引かない、議会でやいのやいの言われても怯まない、自民党都議連から説得されても辞める気配もない、それも仕方がない。

 本人はそんな人だとしても、しかし家族は何をしているのか?

 ここ数日私が考えていたのは、そういった極めて日本的なことでした。

 万が一解散に打って出て、50億・100億といった血税をムダにしたら、舛添一家は東京都内に足を踏み入れられないだろう。要一さんはものの分からない頑固者・厚顔無恥だから平気かもしれないが、家族全員がミニ要一ということもないだろう。ひとりくらい、やる気満々の要一さんの足にタックルをかけ、泣いて辞職勧告をする家族がいてもよさそうなものだと、そんなふうに思っていたのです。

 私や私の家族だったらそうなったはずですが舛添家はどうだったのか――しかしこの二か月余り、家族もたまったものではなかったろうなと推察します。

 ところでマスコミも“これで一山越えた”感があって、どのテレビ局もコメントが終末処理っぽくなってきたのですが、「しかしそんな舛添知事を選んだ私たち東京都民にも責任はあって・・・」みたいな話が出てくると、私の副腎からアドレナリンがデロンと出る感じになります(戦闘モード!)。

 冗談じゃあない!“そんな舛添さん”かどうかなんて一般庶民に分かるはずがないじゃないか! 都知事選の直前に元嫁の片山さつきさんが「あんな男は障害児である婚外子の扱いさえいい加減なひどい男だ(だから推薦するな)」と言ったことなど庶民が知る由もない。

 仮に選挙直前の報道は自ずと制限があるというなら、知事就任後、きちんと人間性を調べて流すべきではなかったか。

 舛添都知事が毎週末湯河原の別荘に行っているという話、週刊文春が報じるまでマスメディアのだれ一人知らなかったのか? そんなことはないだろう。知っていて目を瞑ったのか、あるいは危機管理上都知事は出張でもない限り都内に留まるべきだということ自体に思いが行かなかったのか?

 3週間ほど以前、まだ舛添続投の流れもあった時期に「週に2回、2時間程度しか登庁しなかった石原知事よりはるかにマシ」といった話があったが、石原時代、東京都民はそれを承知で任せていたのか? そうではあるまい。メディアは批判もせず、見て見ぬふりをしたのだろう。知らない東京都民は石原慎太郎を4回も当選させてしまう。

 それで「選んだ選挙民にも責任がある」とは、どの口がきいてるんだ!

 かつて月刊「文芸春秋」が田中金脈問題を暴いたとき、多くのマスコミが「そんなことは我々みんなが知っていた」とうそぶいたが、知っていながら記事にしたのは「文芸春秋」だけだった。そして今、舛添知事の行状を「みんなが知って」いながら週刊文春が記事にするまで問題としなかった。新聞も週刊誌も、テレビも。

 マスメディアが知らせないことは私たちにはわからない。もともと舛添だって猪瀬だって石原だって青島だってマスメディア売り出した人間だ。そのマスメディアが報せるべきことを報せないで、責任を庶民に擦り付けるのか! その無責任は舛添以下だ! 胃の成果だ!(もとい! 猪瀬以下だ!)、石原以下だ! 青島以下だ!!

 私は紳士ですし東京都民ではありませんからそんな下品なことは言いませんが。