「世界は・・・」~世界情勢は別の次元に入ったのかもしれない

 ベルギーが危険な国だという認識は、少なくとも一年前にはなかったはずです。フランスだって1年前はそうでした。

 2013年9月、トルコのカッパドキアで二人の女子大生が強盗に襲われて1名がなくなりました。そのときの印象は「トルコだって100%安全な国ではない」といったものです。

 その直前(わずか三日前)、ブエノスアイレスで開かれたIOC総会で東京と最後まで競ったのはトルコのイスタンブールでした。東京に決まった瞬間、エルドアン大統領が安倍首相に近づいて握手を求めます。どちらに決まってもそうしようという約束があったからです。とても印象深い風景でした。しかしここで押さえておかなければならないのは、2013年の時点で、トルコは7年後のオリンピックが開催できる国、それだけ平和で経済的に安定してきた国と目されていたという事実です。日本やスペインと五分で勝負できる国、それが当時のトルコで立っていた位置です。それからわずか2年半。
 2020東京オリンピックも問題山積ですがイスタンブールに決まらなくて良かったと、IOC委員たちも胸をなで下ろしていることでしょう(ついでに、リオデジャネイロもやめときゃよかったと思っているかもしれません)。

 世界は瞬く間に変わってしまいました。パリで大規模テロがありベルギーであり、トルコは間もなく内戦状態に入っていくかもしれない――そう考えるとユーラシア大陸の西側に安心して旅行のできる場所がなくなってしまったような気がします。

 地政学は「地理的な環境が国家に与える政治的、軍事的、経済的な影響を巨視的な視点で研究するもの」(Wikipedia)と説明されます。18世紀のカントに始まり第二次世界大戦まで力を持っていた政治学上の理論です。ただしそれは世界大戦終了とともに力を失い、やがて用をなさなくなったと考えられていました。少なくとも私が政治学科の学生だった40年前には「地政学」は死語扱いでした。

 広大な土地を奪い合う時代は終わり、実質的な支配権を広げるにしても傀儡政権を樹立したり経済的に自陣に引きずり込んだりするのであって決して“併合”といったやり方はしない、それが冷戦時代の大国どうしのやり方でした。プラハの春を潰したソ連チェコの併合を考えなかったし、ベトナムに深くかかわったアメリカもインドシナ半島を自国に組み入れることは考えない、それが20世紀後半の“進んだ”やり口で、併合だの植民地だのは旧式の人間の考えることだったのです。

 まさかロシアがクリミアを併合し、中国が西沙諸島南沙諸島島嶼を基地化する時代が来ようなど、まったく想像もできないことでした。
 ISはシリアとイラク国内に版図を持った新たな国を築こうとしています。しかも外国のジャーナリストを平然と斬首し、奴隷制を復活するなどして、千年たっても諸外国と協調しないという強いメッセージを発信しています。この分で行くとチャンスがあれば、クルドもまた自らの国をもとうとするでしょう。
 北朝鮮もチャンスをうかがっています。

 さて、私の人生はそう遠からず終わります。しかし私の子どもや教え子たちはだ数十年もこの地球上に生きていかなければなりません。
 私たちの世代がこの世界に残すものが、混乱と戦争、悲惨と絶望だけということにならないように、今、ほんきで考えるべきことがあるはずです。