「枝葉と花が多すぎて」~講演会の講師をしたがうまくいかなかった話①

 ひょんなことから児童館で1時間半の研修会の講師をやる羽目になりました。話すことは嫌いではないのでいいのですが、1時間半という長時間は経験がなく、どの程度の分量の原稿を用意したらよいのかも想像つきません。
 校長講話をやっていた頃は「15分でお願いします」と言われたのにいつも5分延長してずいぶん嫌がられました。その時の原稿が400字詰め20枚程度、つまり1分1枚が私のぺ−スみたいです。90分だと90枚。
 時間が足りないようなら途中を端折ればいいだけですが、原稿が足りなくなると困ります。そこでいくらでも捨てられる付録みたいな話題を20枚分書いて計110枚を仕上げるつもりで始めました。そして途中で嫌になりました。

 原稿用紙110枚分を好き勝手に書くとどうしても情報過多になってしまいます。話し手のこちらとしては何十年分もの知識を投げ込むわけですからそんなに大変じゃない。いくらでも投入できます。しかし聞く方はそういうわけにはいきません。
 文章ならわからなくなるたびに前に戻って確認し、知識を整理しながら先へ進めばいいのですが耳からの情報はどんどん先に進んでしまいます。普通の会話のように途中で聞きなおすこともできません。そう言えば私自身が講演を聞いている最中も、しばしば頭の中に「out of memory」の文字が点滅し、サイレンがウーウーうなって次の瞬間真っ白になるのを感じることが少なくありませんでした。
 重要な内容は限定しなくてはなりません。新しいことが次々と出てくるようでは最後まで集中し続けることは困難です。

 そこで、ほんとうに話したいことを四つに絞り、付録と合わせて話題を5本に限定し、万が一時間が足りなくなっても特に重要な3本は落とさない、あとの2本は時計を見ながら扱う、そんなふうに作戦を立てました。
 ところが・・・・・・。
 元教員なんてロクなものじゃない。
 この人たちは何十年も人前(児童生徒の前)でしゃべることを生業としてきたのに、ある日(退職の日)を境に突然、無言を強いられるようになった人たちです。だから機会があるとどうしても話したくなる、話が長くなる。その話が面白いかどうかは別として、いくらでも話し続けることができる・・・。
“時間が余ったらどうしよう”など、とんでもない話です。
 原稿の段階では「こんなことをしゃべっていると話が長くなるから」と削った部分も「こんなことをしゃべっていると話が長くなりますが・・・」とか前置きしてしゃべってしまう、頭にひらめいたことを我慢できない、少しでも聴衆の反応がいいとそちらに流れてしまう・・・。
 結果1時間半は瞬く間に終わり、当初の予定の短い方(3本落とさないパターン)で研修会を終えました。

 聞いてくださった方の反応は?
 悪くはありません、むしろ好評だったくらいです。「すごく楽しかった」「時間があっという間に終わった」「一度も眠くならなかった」・・・。
 しかし誰も内容に触れてくれない、質問がない、評価がない。
 そう言えば昔の生徒からこんなことを言われたことがあります。
「先生の授業、すっごく面白くて楽しかったんだけど、何を勉強したのかは覚えてない」

(この稿、続く)