カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「スター・ウォーズ イン ピョンヤン」

 映画「スター・ウォーズ」の最新作。まだ観に行っていませんし行くこともないように思います。世界的に名高いシリーズですしこれまでの作品はすべて観てきましたから行ってもよさそうなものですが、何となく面倒なのです。どんなに素晴らしいできあがりでも所詮ファンタジーです。ストーリーはいつも退屈な気がしています。
 それに第一話から第三話までの主人公アナキン・スカイウォーカーはいかにもアメリカ人好みの直情的、短絡的、無鉄砲なやんちゃ坊主で、私はそういう子は好きになれません。迷惑です。
 悪役にも深みがなく、帝国軍の整列する様はいつも滑稽です………と書きながら、ふと現実に同じような滑稽な国のあることを思い出しました。

 確かに最近の金正恩氏はお祖父ちゃんの金日成氏に似てきて次第に自信を深めているようです。しかしあのヘアスタイル、本人は左右背後からチェックしてみたことがあるのでしょうか? あんな変な髪形をした人は世界広しと言えど彼一人です(しばらく金正恩カットが流行ったがすぐに禁止されたと聞いています)。
 もしかしたら北朝鮮国民の一部は山に登って穴を掘り、その穴に向かって、
「第一書記の頭はきのこ雲」
とか叫んでいるのかもしれません。
 最高指導者が変なら周辺も下々も変で、今この広い地球上でミサイルが打ちあがったといって軍人が涙を流し、大の大人がサッカー場でもない広場でピョンピョン跳ね回り、若い男女が感激のあまりフォークダンスを踊り始める、そういう国はここだけのような気がします。困ったことにたびたび映像として見るために私たちも慣れてしまいましたが、やはり変は変です。

 そう言えば80年ほど前、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の総統はふざけているとしか思えないほど奇妙な仕草で演説を続けていました。それは当時にあっても滑稽で、最初、誰も本気でこの男が世界を震撼させるような人間に育つとは考えませんでした。
 日本でも1990年の総選挙でゾウの帽子を被って「ショーコ、ショーコ、ショーコ、ショーコ」と踊っていた剽軽な集団が、数年後、歴史に残るテロ集団となることなど誰も想像しないことでした。
 そう考えると、いつかドナルド=トランプ氏が合衆国に君臨し、金正恩氏が東アジアを席巻しようとする日が来ないとも限りません。

 話はコロコロ変わりますが、1989年12月21日、ルーマニアブカレスト共産党本部庁舎前広場では政府が組織した10万人集会が行われていました。大統領を支持する賞賛集会です。
 時の大統領、独裁チャウシェスクはベランダから国民に向かって滔々と演説をしていたのですが、そのとき不思議なことがおきます。群集のうしろの方から、大きな歓声とともに津波のような動きが押し寄せてきたのです。
 のちの調査によるとひとりの技師が“大統領は嘘つきだ!”と叫び、一瞬の沈黙の後、別の方角から“そうだ!”と呼応する声が上がって一瞬のうちに賞賛集会が抗議デモに、背後から変質し始めたのです。それは前へ前へと怒涛のごとく押し寄せてきました。私はそのときのチャウシェスクの戸惑いの表情を、忘れることができません。

 大統領は側近の将軍にデモ隊への砲撃を命じますが、将軍は「国軍は国民に銃口を向けることはできない」と拒否(この人は翌日死体となって発見される)、そのために庁舎は一昼夜に渡って群集に包囲され続け、翌22日、チャウシェスク夫妻はヘリコプターで脱出することになります。そしてさらに三日たった12月25日、夫婦は国民の虐殺・不正蓄財など罪によって秘密裁判の末に銃殺されます。

 チャウシェスクは最期まで自分の罪を知らなかったと言います。
「国民が飢えているのにお前は輸入高級肉を食べていた」と言われて独裁者は激怒します。彼には“国民を豊かにした”という自負があったからです。どこの町へ行ってもどこの市場に入っても、そこは食料品や花で溢れていたからです。国民は豊かで幸せに暮らしているはずで、それを実現したのは自分だという激しい自負がありました。

 どうも彼は知らなかったようなのです。
 経済はすでにずっと以前から破綻していたのですが、国民が飢えていると知られると地方官僚が責任を負わされ粛清されてしまいます。そこで彼らは暗黙のシンジケートをつくり、チャウシェスクの行くところ行くところに物資を移動してはじめたのです。
 なけなしの食品や商品を視察地に送り、いかにも国民が潤っているように見せかける、その代わりに独裁者が自分のところに来たときは優先的に物資を回して欲しい、そんなやり方です。
 自分に反対する者はすべて粛清し、周囲にいるのはイエスマンとサイレントマンだけですから実情はまったく入ってこない、それが末期のチャウシェスク政権のありようでした。

 さて、今、北朝鮮は再び(か三たびか、四たびか・・・)世界に挑戦し始めました。中国やロシアが自分たちを見限ることはできない、アメリカは踏み込んで出てこない、韓国も日本も積極的に襲い掛かるようなことはない、そうした絶妙なバランスに則った瀬戸際外交をまたぞろ展開しているのだと説明されています。北朝鮮の天才的外交術だとも・・・。

 そうでしょうか? そうであるならむしろいいな、と私は思っています。さまざまな状況を詳細に検討して針の穴を通すような絶妙な手を打ち続けている、そうであればかえって心配はありません。
 しかし彼の周辺には今やイエスマンとサイレントマンしか残っていません。もしかしたら金正恩氏はほんとうに“わかっていない”のかもしれないのです。
 2月5日、第一書記は「国家防衛のために実戦配備した核弾頭を任意の瞬間に発射できるよう常に準備しなければならない」と語ったそうです。それが不可能なことは私でさえ知っています。しかし第一書記が「(水爆は実験段階だが)原爆の方はすでに数百発準備され、いつでもアメリカ本土に向けて発射できる」といった報告を受けているとしたら――しかも5年もかけてゆっくりゆっくり騙されてきたとしたら、本気で原爆の実戦配置を考えても不思議はありません。

 彼はどんな国家の自画像を描いているのでしょう。スターウォーズの帝国軍のような巨大な軍事力の頂点に立っていると本気で信じているとしたら、案外簡単に戦端を開いてしまうのかもしれません。

 私はもう少し長生きをして、この国の行く末を見ていきたいと思います。