私に現場検証の重要さを教えてくれたのは中学校の担任をしていたころ、担任するクラスにいたM君です。
私はいつか痛快爆笑コメディ「M君物語」を書こうと思っていますが(たぶん書かないでしょう)、とにかく想像を絶した不思議な少年でした。犯罪に関わらない範囲で悪いことはほぼすべてやりましたし突拍子のないことも数限りなくやりました。しかし妙に明るく気立てもよく、仲間内でも人気のある子です。生徒指導のために私の前に座ることも最も多い子でしたが、私自身も憎めないところがあありました。
勉強に関係のないもの(例えば化粧品など)を次々と教室に持ち込むのですが、机の中もカバンの中も調べられるので、隣りの和室の違い棚の中だの夏場は使われない煙突の中だの、さまざまなところを隠し場所として使います。そしてついには教卓の引き出しの、私の小物入れに隠すに至ってワケがわからなくなりました。世界広しと言えど教師の机の中に違反のものを隠す子などいないと思うのです。意表を突くにもほどがあります。
(こんな事例を書き始めると2年分くらいのブログが吹っ飛びますのでこれくらいにして・・・)
M君は私の尋問力を鍛えてくれた子でもあります。
とにかく口のうまいので下手な質問を重ねるとあらぬ方向に誘導されてしまいますしうまく丸め込まれてしまいます。ですから指導のたびに、私は慎重に、ひとつひとつレンガを積み上げるようにこの子を追い込んでいく知恵と技術を身につけることができました。
しかしその尋問力をもってしても対処できない事態が発生します。
例えば友だちと一緒にタバコを吸ったというよう話があってM君は5回やったと言い共犯のK君は3回だけだと言う。話が合いませんから二人を呼んで対決させるのですがどうもM君の話に信ぴょう性がある。最後まで詰めていくとついにK君も諦めて、「本当は5回やりました」と白状するのですが、翌日になるとK君がひとりで私の研究室を訪れ、
「先生、ボク、やっぱり最後の2回はやっていないような気がします」
ということになります。
自分のことなのに「気がします」もないだろうと思いながらさらに調べるとやっぱりやっていない。
「何でやりもしないことを自白したワケ?」と訊くと、
「あそこまで話が進んでいるのに『それでもやっていない』と言えば、ボクがウソをついてるみたいで・・・」
とワケのわからない説明をします。M君も呼び出して同じ質問をすると、こちらも、
「ただ何となく・・・」
とワケのわからない話になります。ただしそれで私が学んでだことも少なくありません。世の中にはやっていないことまで平気でしゃべる子がいるのです。
M君がS君を誘って体育館の裏でタバコを吸ったという事件の際は、マッチをどうしたかという点が問題になりました。S君は「タバコもマッチもM君が持ってきた」と言い、M君は「タバコはボクが持ってきたがマッチがなかったので理科室から盗んだ」と証言します。
「昼休みに二人で理科室に行ってS君に見張りをさせておいてボクが盗んだ、それを走りながら廊下でS君に渡し、マッチ箱は(タバコを吸った)放課後までS君のロッカーの中にあった」
よくわかる話ですがどこかピンときません。そこで3人で2階の理科室まで行き、現場検証です。
今はマッチなどの危険物は鍵のかかる部屋の鍵のかかる棚に入っていますが、当時はそうではありませんでした。M君はS君を廊下に立たせ、腰を低くして研究室に入り、引き出しから大型のマッチ箱を盗み出してそれからダッシュしたと言います。そこで実際に盗むところからやらせ、階段を駆け下りて給食室前の廊下を三人で一緒に走り、M君がS君に「これ、持ってろ!」と耳元でささやいてパス!
――ところがここでS君はマッチ箱を落としてしまうのです。なにしろ学生服の下に隠したものを学生服の中に移そうというのですからけっこう難しい仕事です。3回実験して3回とも失敗しました。
「ホラ見ろ! パスできねぇじゃないか!」と私が怒鳴るとM君は、
「すみません。ウソつきました」
マッチ泥棒について、これでS君の疑惑はみごと晴れました。ついでにM君も窃盗は無罪です(マッチは実はM君が家から持ってきた小箱だった)。
私は以来、半分は面白がって「現場検証」を行うようになりましたが、そこまでやると事実は非常によく見えてきます。机上では思いつかなかったような調査の穴や疑惑が、次々と浮かび上がってくるのです。
(この稿、続く)