「鬼となれ」〜子どもたちの危機⑤

「心の理論(=心の理解)」は4〜7歳にかけて獲得される、相当大きなばらつきがある――、このことは子どもの指導をする上でさまざまな示唆を与えます。

 とりあえず言えるのは2〜3歳の子に向かって、
「そんなことをしたら皆が困るでしょ」とか「人の気持ちも考えましょう」とか言っても無理だということです。他人には他人の気持ちがあるということ自体がわかっていないのです。
 では4歳以降ならいいかというと、今言ったように4歳から7歳までの間はかなりのばらつきがありますからそれでいい子とダメな子がいます。さらに言えば「心の理論」を獲得したからと言って、人の心を推し量るのは容易ではありませんしそれなりの修練が必要なはずです。

――そう言うと必ず出てくる反論は、
「そんなことはありません子どもは良く分かっています。きちんと心を込めて話をすれば必ず理解してくれるはずです」
と言うものです。子育て経験のある女性から語られることが多いのですが、おそらくそんなふうにお子さんを育ててきた自信から来るのでしょう。しかし私には確信があります。
「きちんと心を込めて」話している最中、その方の顔は鬼のように怖くあたりに漂うのは妖気に似た恐ろしい雰囲気だったに違いないのです。
 いつもはニコニコと明るいお母さんが口をキッと結び、きちんと対面させ目をしっかり見させ、真剣に、誠を尽くし意を尽くして話す。それは子どもにはとんでもなく恐ろしい体験です。その“恐怖”に、子どもは反応しているだけなのです。

 だってそうではありませんか――。
 ここ数年「メラビアンの法則」とかいうのがもてはやされていて、それによると人の行動に影響を及ぼす要素は、話の内容など言語情報が7%、口調や話の早さ、声の大きさなど聴覚情報が38%、そして見た目などの視覚情報が55%なのだそうです。つまり話の内容なんて1割の重みさえない。大人にしてこの程度ですから言語発達の不十分な子どもなどなおさらです。

「人は見かけが9割」という題名の本がありましたが、「子どもは見かけが10割」なのです。そのくらいに思って、私も子どもを叱るときはしっかり落ち着かせ、こちらをきちんと見させた上で、鬼のような形相と静かな低い声で、脅すように話しました。
 地域にナマハゲやアキノハギといた風習がなく、幼かったシーナを震え上がらせたような恐怖の法話をしてくれるお坊さんもいないとしたら、鬼になれるのは親か教師くらいなものですから。

 以前にも書きましたが、私が先輩から与えられたアドバイスの中で、最も価値あるひとつが、
「子どもを叱るときは怖い顔をして叱りなさい」
でした。

(この稿、続く)